代替医療のトリック

代替医療解剖から転送)

代替医療のトリック』(だいたいいりょうのトリック、文庫化に際し『代替医療解剖』に改題。原題:Trick or Treatment? Alternative Medicine on Trial)は、サイモン・シンエツァート・エルンストによる、代替医療に関する2008年(日本語訳は2010年)の書籍である。シンは素粒子物理学の博士号を持つ科学ジャーナリストで、『フェルマーの最終定理』などの一般向け科学書の著者として知られている。エルンストは補完代替医療を専門とするエクセター大学教授である[1][2][3]

代替医療のトリック
Trick or Treatment? Alternative Medicine on Trial
著者 サイモン・シンエツァート・エルンスト
訳者 青木薫
発行日 イギリスの旗 2008年4月21日
日本の旗 2010年1月30日
発行元 イギリスの旗 Bantam Press
アメリカ合衆国の旗 W. W. Norton & Company
日本の旗 新潮社
イギリスの旗 イギリス
言語 英語
形態 上製本
ページ数 462
公式サイト http://www.trickortreatment.com
コード イギリスの旗 ISBN 978-0-593-06129-9
イギリスの旗 ISBN 978-0-593-05904-3
アメリカ合衆国の旗 ISBN 978-0-393-06661-6
アメリカ合衆国の旗 ISBN 978-0-393-33778-5
日本の旗 ISBN 978-4-10-539305-2
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原題のTrick or treatmentは、ハロウィーンで子供らが口にする決まり文句"trick or treat"(お菓子をくれなきゃ いたずらするぞ )にかけたものである。日本語訳は2010年1月に『代替医療のトリック』の題で新潮社から刊行され、2013年8月に『代替医療解剖』の題で文庫化された[4]

内容 編集

本書は、臨床試験の歴史について概説し、それを用いてホメオパシーハーブ療法、カイロプラクティックについての臨床的な効果を評価し[1]、加えて36の代替医療について簡単に述べたものである。

その結果、これらの代替医療を支持する証拠は、概して不足していることを明らかにしている。特にホメオパシーは「まったく効果がなく、プラセボ以外の何物でもない」と結論されている[5]

本書では鍼、カイロプラクティック、ハーブ薬が特定の疾患に対しては限られた効果を持つという証拠も示されているものの、一般には潜在的な利益を上回る危険性があり、通常医療のほうが同等の効果を持ち、安価であると結論している。具体的には、ハーブ療法については汚染化合物間の予想外の相互作用、鍼については感染症、カイロプラクティックについては、頚部のマニピュレーションによる遅発性の発作のリスクを挙げている。[6]

本書はチャールズ3世(当時皇太子)が代替医療を擁護したこと、また彼の「統合医療財団」(現在では閉鎖されている)の活動について強く批判している。また本書の献辞は、皇太子に皮肉として奉げられている。

評価 編集

本書には賛否両論がある。[独自研究?]

欧米 編集

ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに掲載された書評では、著者について「サイモン・シンは物理学者兼科学ジャーナリスト、共著者のエツァート・エルンストは医者で補完医療の教授である。エルンストは、このテーマについての証拠をまとめるのに最も適した人物の1人だ」[7] と述べた。デイリー・テレグラフは、「代替医療の主要な分野である鍼、ホメオパシー、カイロプラクティック、ハーブ療法の健康機能についての、綿密でわかりやすい科学的検証である。その結果は厳しいもので、ハーブ療法の限られた事例を除けば、これらの「治療」のどれもまったく効果がない。逆に、生命を脅かすことすらある」と評価した[8]

科学誌『ネイチャー』の書評は、概して肯定的ではあるが、著者らが代替医療の支持者の臨床試験への疑念を跳ね返す一方で、実験を設計することの難しさなどを無視していることなどについて「(科学を絶対的な真実かのように扱う態度は)代替医療支持者のものと鏡映しで、それぞれの立場はこれまで通り凝り固まったままだろう」と問題点を指摘した[1]

代替医療の消費者と実践者などからは批判されている[9]。ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・ジェネラル・プラクティスは、ファカルティ・オブ・ホメオパシー元会長ジェレミー・スウェイン[10] による本書に批判的な書評を掲載した[11]。 イギリスの擁護団体アライアンス・フォー・ナチュラル・ヘルスは、エルンストおよび本書は、非科学的で欠陥のある研究に基づいて結論を下している、と批判した[12]

名誉毀損訴訟 編集

シンはガーディアンのコラムに書いた本書についてのコメント[13] で、喘息等に対する科学的根拠のない治療効果を謳い子供に施術しているカイロプラクターがいると指摘したことに関して、英国カイロプラクティック協会に名誉毀損で訴えられた[14]。第1審ではシンが敗訴したが、子供に施術しているカイロプラクターを告発するなどの支援キャンペーンが行われた。控訴審ではシンの主張が認められ、協会は訴えを取り下げた[4]

日本 編集

宇宙物理学者の池内了は、2010年3月に産経新聞に掲載された書評で「示唆に富んでおり参考になる」と肯定的に評価した[15]

公共政策学者の広井良典は2010年3月に朝日新聞に掲載された書評で、本書には「一定以上の妥当性はある」と評価しつつも、通常医療にもまだ充分に検証されていない治療法が含まれること、心身相関慢性疾患などに対しては著者らの手法が有効でない可能性があると主張し、「現代医療論として読む場合、本書の議論にはやや表層的な物足りなさが残る」とした[16]

出典 編集

  1. ^ a b c Murcott, Toby (2008-06-12). “Complementary cures tested”. Nature 453: 856-857. doi:10.1038/453856a. http://www.nature.com/nature/journal/v453/n7197/full/453856a.html 2009年1月21日閲覧。. 
  2. ^ Metcalf, Fran (2008年6月20日). “Alternative medicines draws fire”. The Courier-Mail. http://www.news.com.au/couriermail/story/0,23739,23883737-5003426,00.html 2009年1月21日閲覧。 
  3. ^ Marcus, Donald M. (2008). “Trick or Treatment: The Undeniable Facts about Alternative Medicine”. New England Journal of Medicine (USA: Massachusetts Medical Society) 359: 2076–2077. doi:10.1056/NEJMbkrev0805020. http://nejm.highwire.org/cgi/content/short/359/19/2076 2009年1月21日閲覧。. 
  4. ^ a b 青木薫 (2013年8月28日). “『代替医療解剖』文庫版訳者あとがき by 青木薫”. HONZ. 2014年3月27日閲覧。
  5. ^ Leggatt, Johanna (2008年11月8日). “Complementary medicine: seeking out alternatives”. The Daily Telegraph. http://www.telegraph.co.uk/health/alternativemedicine/3355120/Complementary-medicine-seeking-out-alternatives.html 2009年1月21日閲覧。 
  6. ^ 『代替医療解剖』新潮社、2010年9月1日、146,147,234,278-283,349,352頁。 
  7. ^ Marcus, D. M. (2008-11-06). “Book review of "Trick or Treatment: The Undeniable Facts about Alternative Medicine”. The New England Journal of Medicine 359 (19): 2076–2077. doi:10.1056/NEJMbkrev0805020. オリジナルの2009年3月9日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090309083440/http://nejm.highwire.org/cgi/content/extract/359/19/2076 2009年11月21日閲覧。. 
  8. ^ Owen, K; Cousins S (2009年5月10日). “Paperbacks: reviews”. The Daily Telegraph. http://www.telegraph.co.uk/culture/books/5291388/Paperbacks-reviews.html 2009年11月21日閲覧。 
  9. ^ Kapp, John (2008). “Book Review: Trick or Treatment? Alternative Medicine on Trial”. Forsch Komplementarmedizin 2008 (15): 238–239. http://content.karger.com/ProdukteDB/produkte.asp?Aktion=ShowPDF&ArtikelNr=156459&Ausgabe=240278&ProduktNr=224242&filename=156459.pdf 2009年10月24日閲覧。. 
  10. ^ Swayne J (April 2008). “CAM”. Br J Gen Pract 58 (549): 280; author reply 280–1. doi:10.3399/bjgp08X279841. PMC 2277119. PMID 18387236. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2277119/. 
  11. ^ Swayne, Jeremy (2008-10-01). “Book review: Trick or Treatment? Alternative Medicine on Trial”. British Journal of General Practice 58 (555): 738–739. doi:10.3399/bjgp08X342525. http://www.ncbi.nlm.nih.gov:80/pmc/articles/PMC2553545/. 
  12. ^ Starling, Shane (25-Apr-2008). “CAM criticism not justified, says ANH”. NutraIngredients.com. 2009年1月21日閲覧。
  13. ^ Singh, Simon (2008年4月19日). “Beware the spinal trap”. The Guardian. 2008年4月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年1月21日閲覧。
  14. ^ Eden, Richard (2008年8月16日). “Doctors take Simon Singh to court”. Mandrake (The Daily Telegraph). http://www.telegraph.co.uk/news/newstopics/mandrake/2570744/Doctors-take-Simon-Singh-to-court.html 2008年12月12日閲覧。 
  15. ^ 池内了 (2010年3月21日). “【書評】『代替医療のトリック』”. 産経新聞. 2010年8月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月30日閲覧。
  16. ^ 広井良典 (2010年3月21日). “代替医療のトリック”. 朝日新聞. 2011年1月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月30日閲覧。

書誌情報 編集

外部リンク 編集