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佐伯 永継(さえき の ながつぐ)は、平安時代初期の公卿。名は長継とも記される。右衛門佐・佐伯継成の子。官位従三位・左衛門督。

 
佐伯永継
時代 平安時代初期
生誕 宝亀元年(770年
死没 天長5年11月12日828年12月22日
別名 長継
官位 従三位左衛門督
主君 嵯峨天皇淳和天皇
氏族 佐伯氏
父母 父:佐伯継成
子永、弟上、子継
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目次

経歴編集

大同4年(809年嵯峨天皇の即位に伴い、従七位上から一挙に七階昇進して従五位下叙爵。翌大同5年(810年薬子の変が発生した際に左兵衛佐に任ぜられ、人心を鎮める名目で左近衛中将巨勢野足と共に国府鈴鹿関を守るために伊勢国に派遣されている[1]

その後嵯峨朝において、弘仁4年(813年)従五位上、弘仁7年(816年正五位下、弘仁9年(818年従四位下、弘仁13年(822年)従四位上と、順調に昇進する一方、左近衛少将・内蔵頭などを歴任した。弘仁14年(823年)正月には正四位下蔵人頭に叙任されるが、同年4月の嵯峨天皇の譲位を受けて蔵人頭を辞任している。

淳和朝では左兵衛督を務め、天長3年(826年)には従三位に叙せられ公卿に列す。天長5年(828年)11月12日薨去。享年59。

官歴編集

注記のないものは『日本後紀』による。

系譜編集

  • 父:佐伯継成[3]
  • 母:不詳
  • 妻:不詳
    • 男子:佐伯子永[4]
    • 男子:佐伯弟上[4]
    • 男子:佐伯子継[4]

脚注編集

  1. ^ 『日本後紀』大同5年9月10日条
  2. ^ a b 『蔵人補任』
  3. ^ a b c 『公卿補任』
  4. ^ a b c 鈴木真年『諸系譜』第八冊,佐伯宿禰

参考文献編集