佐藤 信則(さとう のぶのり、明応4年(1495年) - 天正5年(1577年))は、戦国時代の武将。子に佐藤堅忠[1]。法名は道本。

生涯編集

初め斎藤道三および、その子斎藤義龍に仕えた。

その後、佐藤忠能と共に織田信長の家臣となる。美濃一揆を鎮圧した。

美濃国加茂郡伊深村に城(家敷)を築く。多くの戦いに従軍し功を上げた。

隠居した佐藤忠能と交流し、加治田と一族(斎藤利治)の発展に尽くした。83歳没[2]

脚注編集

  1. ^ 「伊深佐藤氏 寛政重修諸家譜による」「六 中濃地区及び県外における佐藤氏 1伊深佐藤氏 佐藤堅忠」 『富加町史』 下巻、富加町、1980年、222-223頁。 
  2. ^ 「伊深佐藤氏 寛政重修諸家譜による」「六 中濃地区及び県外における佐藤氏 1伊深佐藤氏 佐藤信則」 『富加町史』 下巻、富加町、1980年、222頁。 

参考文献編集

関連項目編集