依光隆

日本の画家、イラストレーター

依光 隆よりみつ たかし1926年(大正15年)5月1日 - 2012年(平成24年)12月18日[1])は、挿絵画家イラストレーター高知県生まれ。父親の死去に伴い、隆の兄が働いていた満州に呼ばれ、1940年(昭和15年)から1944年(昭和19年)12月まで中国の大連で過ごす。帰国後、高村光太郎に師事。共同通信社社会部を経てフリーになる。SFから児童書まで幅広い分野の挿絵で活躍。ハヤカワ文庫SFの「宇宙英雄ペリー・ローダン」シリーズは、ライフワーク的仕事。

「白旗の少女」の挿絵と装幀で1990年度児童福祉文化賞を受賞。日本出版美術家連盟理事、創作集団プロミネンス(前名:少年文芸作家クラブ)会長を務めていた。

略歴編集

  • 1926年(大正15年) 高知県香美郡(現香美市)に生まれる。家は紺屋を営んでいた。1933年(昭和8年)、楠目尋常高等小学校に入学[2]
  • 1940年(昭和15年) 満州大連に渡り、満鉄育成学校に入学。
  • 1944年(昭和19年)大連美術学院油絵学科に入学。同年12月、学徒動員の命が届き、日本に帰国、山口県防府海軍通信学校に入学。翌年、海軍第二三突撃隊須崎水上基地に配属される。終戦後は高知に戻り、高知県保険課などに勤務する[3]
  • 1947年(昭和22年) 高知県出身の詩人・岡本弥太の詩碑[4]建設委員会の一員となり、詩碑の揮毫を高村光太郎に依頼したのをきっかけに面識を得る。
  • 1950年(昭和25年) 職を辞めて絵に専念する。昭和27年、結婚する。
  • 1954年(昭和29年)11月 単身上京。翌年、共同通信社に入社する[5]
  • 1971年(昭和46年)7月 宇宙英雄ローダン・シリーズの第1巻が刊行される。
  • 2010年(平成22年)1月 ローダン・シリーズの担当を工藤稜に交代。依光が担当したのは第367巻まで。
  • 2012年(平成24年)12月18日 急性肺炎のため86歳で死去[1]

作品編集

  • 画集
    • 「宇宙英雄ペリー・ローダンの世界」(早川書房、1981年)
    • 「零戦燃ゆ」(文藝春秋、1990年)
  • その他
    • 「マザー・テレサこんにちは」(女子パウロ会、1980年)
    • 「白旗の少女」(講談社、1989年)

脚注編集

  1. ^ a b “SF挿絵で活躍、香美市出身 依光隆さん死去”. 高知新聞. (2012年12月24日). http://www.kochinews.co.jp/?&nwSrl=297055&nwIW=1&nwVt=knd 2012年12月25日閲覧。 [リンク切れ]
  2. ^ SF挿絵画家の時代大橋博之著、本の雑誌社、2012年、p.66
  3. ^ 『SF挿絵画家の時代』大橋博之著、本の雑誌社、2012年、p.67
  4. ^ 岡本弥太の詩碑 - 香南市
  5. ^ 『SF挿絵画家の時代』大橋博之著、本の雑誌社、2012年、p.68

関連項目編集