偉仙 方裔(いせん ほうえい)は、南北朝時代から室町時代後期の臨済宗

偉仙方裔
建武元年8月15日 - 応永21年1月25日
1334年9月13日 - 1414年2月15日
生地 下野国[1]
宗旨 臨済宗
寺院 下野浄因寺[1]
大喜法忻復庵宗己
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経歴・人物 編集

園田光氏の子[2]下野鑁阿寺で出家し、密教を学び、華厳法華倶舎論も修める[1]。のち臨済宗に転じ鎌倉円覚寺大喜法忻常陸法雲寺復庵宗己に師事し、大喜の法を嗣ぐ[1]永和3年/天授3年(1377年)下野浄因寺開山となり、出版事業にも携わった[1]

脚注 編集

  1. ^ a b c d e デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『偉仙方裔』 - コトバンク
  2. ^ 駒沢大学史学会『駒沢史学 第 58 号』、p.66 (2002)