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光武(こうぶ、광무、クァンム)は李氏朝鮮大韓帝国で用いられた元号建陽2年(1897年8月14日に改元して光武を用い[1]、同年10月に国号を大韓帝国と改めた。光武元号は1907年8月2日隆熙に改元されるまで使用された。

目次

西暦・干支との対照表編集

光武 元年 2年 3年 4年 5年 6年 7年 8年 9年 10年
西暦 1897年 1898年 1899年 1900年 1901年 1902年 1903年 1904年 1905年 1906年
干支 丁酉 戊戌 己亥 庚子 辛丑 壬寅 癸卯 甲辰 乙巳 丙午
光緒23 光緒24 光緒25 光緒26 光緒27 光緒28 光緒29 光緒30 光緒31 光緒32
日本 明治30 明治31 明治32 明治33 明治34 明治35 明治36 明治37 明治38 明治39
光武 11年  
西暦 1907年
干支 丁未
光緒33
日本 明治40

脚注編集

  1. ^ 『官報』1897年08月30日-朝鮮国に於いては、本月14日より建陽の年号を改め光武と称し、陽暦を用うる旨、本国外務省に通知あり。

参考文献編集

関連項目編集

李氏朝鮮の元号一覧
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建陽 -
大韓帝国の元号一覧
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- 隆熙