劉眷

中国五胡十六国時代の匈奴独孤部の大人(部族長)および代国の北部大人

劉 眷(りゅう けん、拼音:Liú Juàn、生年不詳 - 385年没)は、中国五胡十六国時代匈奴独孤部の大人(たいじん:部族長)および代国の北部大人。劉路孤の子で、劉庫仁の弟であり、北魏の初代皇帝道武帝の皇后宣穆皇后の父である。

生涯編集

独孤部大人劉路孤の子として生まれる。

代王拓跋什翼犍により北部大人に任ぜられる。

376年に拓跋什翼犍が殺害されると、劉眷は兄とともに前秦の支配下に入る。

383年、兄の劉庫仁が慕容文の襲撃にあって殺されると、劉眷は兄を継いで独孤部大人を代行する。

白部大人の系佛が叛き、劉眷の力では討てなかったので、苻堅并州刺史張蚝とともに系佛を撃ち破った。また、劉眷は善無にて賀蘭部を破り、さらに、蠕蠕別帥の胏渥を意親山で撃ち破った。

ある時、次男の劉羅辰が父の劉眷に「私の従兄の劉顕は残忍な人物です。早くこれを誅することを願います」と献策するが、劉眷は意に介しなかった。するとその後の385年、甥の劉顕は劉眷を殺害して、独孤部大人となった。

宗室編集

参考資料編集

  • 魏書』(帝紀第二、列伝第十一)
先代:
劉庫仁
独孤部の大人
383年 - 385年
次代:
劉顕