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加藤 泰貫(かとう やすつら、延宝4年10月25日1676年11月30日)- 享保13年9月21日1728年10月23日))は、伊予新谷藩の第3代藩主。

第2代藩主・加藤泰觚の長男。母は織田長頼の娘・妙眼院。正室なし。子は娘(大久保教平正室)。官位は従五位下、大蔵少輔。幼名は大七郎。

享保元年(1716年)10月12日、父の隠居により跡を継ぐ。駿府加番となった。享保12年(1727年)6月3日、従弟で養嗣子の泰広に家督を譲って隠居し、享保13年(1728年)9月21日に53歳で死去した。法号は天祐院殿徹山宗悟大居士。墓所は大洲市新谷町の大恩寺。