十二月八日 (小説)

十二月八日」(じゅうにがつようか)は、太宰治短編小説

概要編集

初出 婦人公論』1942年2月号
単行本 女性』(博文館、1942年6月30日)
執筆時期 1941年12月20日頃までに脱稿(推定)[1]
原稿用紙 20枚

初出誌においては深沢紅子の挿画と共に発表された[2]

本作品は「主婦の日記」の形式で記したものである。日記の筆者のモデルは美知子夫人であり、作中、「主人のお友だちの伊馬さん」「園子」「亀井さんの御主人」「帝大の堤さん」「今さん」とあるのは、それぞれ伊馬春部、長女の津島園子、亀井勝一郎堤重久今官一を指す。

美知子自身は本作品について次のように述べている[3]

長女が生まれた昭和十六年(一九四一)の十二月八日に太平洋戦争が始まった。その朝、真珠湾奇襲のニュースを聞いて大多数の国民は、昭和のはじめから中国で一向はっきりしない○○事件とか○○事変というのが続いていて、じりじりする思いだったのが、これでカラリとした、解決への道がついた、と無知というか無邪気というか、そしてまたじつに気の短い愚かしい感想を抱いたのではないだろうか。その点では太宰も大衆の中の一人であったように思う。 — 津島美知子『回想の太宰治』

あらすじ編集

脚注編集

  1. ^ 『太宰治全集 第4巻』筑摩書房、1989年12月15日、406頁。解題(山内祥史)より。
  2. ^ 深沢紅子は、岩手県盛岡市出身の洋画家。堀辰雄立原道造らの本の装幀のほか、童話の挿絵なども多く手がけた。
  3. ^ 津島美知子 『回想の太宰治』講談社文庫、1983年6月。

関連項目編集

外部リンク編集