十和田市2女性強盗強姦事件

十和田市2女性強盗強姦事件(とわだしにじょせいごうとうごうかんじけん)とは2009年に発覚した事件。裁判員制度として全国3例目の裁判員裁判で、初めての性犯罪事案の裁判員裁判であり、青森初の裁判員裁判であった。

概要編集

2006年7月及び2009年1月に青森県十和田市のアパートでそれぞれ別の20代女性に包丁を突きつけ、現金を奪った上に暴行に及んだ2件の強盗強姦事件で20代の男が逮捕され、強盗強姦罪等で起訴された。

刑事裁判2009年9月2日に第1審が青森地裁[1]小川賢司裁判長)で開かれ、裁判員裁判で行われた。裁判員制度性犯罪を裁いた全国で最初のケースであり、被害者と被疑者が面識がなかった事件を裁いたことも全国で初めてのケースであった。裁判員の男女比が男5対女1であり、性犯罪において男性加害容疑者と女性被害者という構図で裁判員の男女比が偏ったことが注目された[2]。男性加害容疑者と女性被害者という構図の裁判での影響が問題視された。検察側は被害女性の知人が裁判員になることを避ける不選任請求を行う方針を表明していたが、検察と弁護側双方に認められた不選任請求が実際に行われたかは、裁判所、検察、弁護の三者ともに明らかにしなかった[3]。選任手続きにおいて青森地裁はプライバシーに留意し、住所氏名といった被害者特定に結びつく情報を開示せず、匿名での選任手続きを行った。その際には候補者にメモなどの記録を残すことを禁じ、事件の概要が記載された質問票も全て回収し、候補者へも事件の概要を外に漏らさぬよう注意をした[4]

裁判の進行においても匿名性が重視され、検察側が申請した被害女性がビデオリンク方式を使って、証人として犯行の様子を生々しく証言した。起訴事実に争いの殆どない強姦事件では被害者の意見陳述が行われる例は少ないが、被害者の女性2人が「裁判員たちに被害の重大さを訴えたい」と、意見陳述に臨んだ。ビデオリンク方式での証言では、裁判員には被害者は顔を見せたが、法廷では音声のみが流れた。音声がそのまま流れたことについて、なお一層のプライバシーの配慮を求める声もあった[5]

事実認定では第1の強姦事件で被告が被害者を脅すために使った包丁について、検察が喉元に突きつけたと主張し、弁護側は胸の前に示されただけと主張したのが唯一の争点となった。また検察は被告人は仕事に不満で、生活費を遊興費に浪費して借金を重ね、アパートに金銭目的で侵入した経緯を説明。さらに、環境に恵まれない点があったが、高校を卒業して就職することもできたなど恵まれている点も強調。証人の被害女性も自分も母子家庭で育ったことを強調し、育った環境と事件を起こすことは全く関係ないと証言した。検察は「一生刑務所に入ってほしい」と訴えた被害者の意を酌む形で、懲役15年を求刑した[6]

弁護側は、逮捕後に素直に犯行を自供して被害者に謝罪の手紙を書いて反省の意を示していることや、父親を知らず母親も亡くなった後は祖母に育てられた成育歴を強調、第1の強姦事件と第2の強姦事件が時期が離れていることから計画性や悪質性を否定、第1の強姦事件が未成年時の犯行であることから加害少年更生の観点を重視した少年法の精神を主張、また取調べをした警察官から「お前が裁判員裁判の1号だ」[7]と言われ、捜査機関が逮捕の時期を遅らせて裁判員裁判の時期に合わせて逮捕した可能性を示唆し、事件放置による被害拡大した可能性がある問題点を指摘した。その上で弁護側は懲役5年を求めた。

9月4日、青森地裁は被告人に対して求刑通りの懲役15年を言い渡した。ただし、唯一の争点となっていた事実認定については第1の強姦事件では被告人は被害者の胸の前に示しただけという弁護側の意見が採用された。量刑について、厳罰化を望む民意に沿うものと評価する声と、少年法の視点から疑問を呈する声、さらには性犯罪を裁判員制度で裁くことの難しさを指摘する声などがあげられた[8][9]。法曹関係者からは今までの量刑相場から重くなったという意見が多かった。会見に応じた裁判員の1人は「評議において過去の同種事件の量刑データを見たが、従来の性犯罪に対する判決が低すぎたと感じた」と話した。裁判員の男女比が男5対女1になったことも質問に出たが、裁判員の1人は「5人の男性裁判員の中に妻帯者がいる裁判員が存在し、量刑においては女性の補充裁判員にも意見を聞いた」と話した。

被告人は控訴する意向を示し、17日、仙台高裁に量刑不当を理由として控訴した[10]

控訴審初公判は2010年1月20日に行なわれた[11]。当初は即日結審し、同年2月17日に判決が言い渡される予定だったが、判決前日の夕方に被害者から弁償を受け入れるという連絡があり、弁論が再開され、判決が3月10日に延期された[12]

3月10日の判決で、仙台高裁(志田洋裁判長)は、「一審には事実誤認はなく、被害感情の過大評価もない。」として、被告側の控訴を棄却した[13]

被告側は判決を不服として上告したが、同年6月22日最高裁第二小法廷(古田佑紀裁判長)が上告を棄却する決定を出し、判決が確定した[14]

脚注編集

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関連項目編集