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夜桜 銀次(よざくら ぎんじ、1929年 - 1962年1月16日)は、20世紀に活動した日本ヤクザ暴力団・三代目山口組 石井組組員(舎弟)。大分県由布市出身。本名は平尾 国人。全身に夜桜の咲き乱れる刺青をしていたことからこの呼び名を持った。

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来歴編集

大分県大分郡庄内町に出生。1952年頃に石井一郎(のちの三代目山口組直参)の舎弟となり、1957年の別府抗争では襲撃の先頭に立ち警察に指名手配された。このため神戸に逃れ、山口組田岡一雄組長の舎弟・白石幸吉の許に身柄預かりとなる[1]

1960年の明友会事件でも明友会襲撃に猛威を振るい、再度大阪府警から傷害銃刀法違反容疑で指名手配された。このため、山口組若頭地道行雄、山口組若頭補佐山本広、白石幸吉の勧めで、福岡県福岡市伊豆組伊豆健児組長の許に身を寄せる。

福岡でも地元の住吉一家の賭場を荒らすなど暴れていたが、以前に借金の面倒を見た炭坑主とトラブルになり、1962年1月16日に福岡県福岡市内のアパートで、久留米市鳥巣組組員に射殺された (夜桜銀次事件)。

関連書籍編集

関連映像作品編集

出典編集

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  1. ^ 溝口敦『山口組ドキュメント 血と抗争』三一書房、1985年、ISBN 4-380-85236-9 のP.77。但し、山口組若衆・山本広山広組組長)が面倒を見たと記述される文献もある。

参考文献編集