叙州(じょしゅう)は、中国にかつて存在した北宋から元代にかけて、現在の四川省宜賓市一帯に設置された。

概要

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1114年政和4年)、北宋により戎州は叙州と改称された。叙州は潼川府路に属し、宜賓南渓宣化慶符の4県を管轄した[1]

1281年至元18年)、元により叙州は叙州路と改められた。叙州路は四川等処行中書省に属し、宜賓・南渓・宣化・慶符の4県と富順州高州の2州を管轄した[2]

1373年洪武6年)、により叙州路は叙州府と改められた。叙州府は四川省に属し、直属の宜賓・南渓・慶符・富順長寧興文隆昌の7県と高州に属する筠連の2県、合わせて1州9県を管轄した[3]

のとき、叙州府は四川省に属し、宜賓・南渓・慶符・富順・長寧・興文・隆昌・屏山・筠連・珙の11県と馬辺庁雷波庁の2庁を管轄した[4]

1913年中華民国により叙州府は廃止された。

脚注

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  1. ^ 宋史』地理志五
  2. ^ 元史』地理志三
  3. ^ 明史』地理志四
  4. ^ 清史稿』地理志十六