洪武
明の年号(一世一元)。1368~1398
洪武(こうぶ)は、中国、明代の元号(1368年 - 1398年)。初代皇帝である太祖・朱元璋の在世中に使われたため、朱元璋は洪武帝と呼ばれる。
概要
編集元朝の至正28年(1368年)1月9日より使用開始。元年から一世一元の制を採用した。洪武31年閏5月10日(1398年6月24日)、洪武帝が崩御し、皇太子朱允炆(建文帝)が即位するが、明朝は踰年改元法(先帝が崩御した年の末まで従来の年号を継続する方式)を採用するため、翌年正月に建文に改元。
ところが、靖難の変によって1402年に皇帝となった永楽帝は、対立者であった建文帝の即位を認めず、建文の年号もなかったこととし、建文年間を洪武32年から35年とした。しかし、後世で万暦帝が再び洪武32年から35年を建文に戻した。
なお、明建国の1年前になる至正27年(1367年)、呉王を称していた朱元璋はこの年を元年とする在位紀年を建てている[1]。
西暦との対照表
編集洪武 | 元年 | 2年 | 3年 | 4年 | 5年 | 6年 | 7年 | 8年 | 9年 | 10年 |
西暦 | 1368年 | 1369年 | 1370年 | 1371年 | 1372年 | 1373年 | 1374年 | 1375年 | 1376年 | 1377年 |
干支 | 戊申 | 己酉 | 庚戌 | 辛亥 | 壬子 | 癸丑 | 甲寅 | 乙卯 | 丙辰 | 丁巳 |
洪武 | 11年 | 12年 | 13年 | 14年 | 15年 | 16年 | 17年 | 18年 | 19年 | 20年 |
西暦 | 1378年 | 1379年 | 1380年 | 1381年 | 1382年 | 1383年 | 1384年 | 1385年 | 1386年 | 1387年 |
干支 | 戊午 | 己未 | 庚申 | 辛酉 | 壬戌 | 癸亥 | 甲子 | 乙丑 | 丙寅 | 丁卯 |
洪武 | 21年 | 22年 | 23年 | 24年 | 25年 | 26年 | 27年 | 28年 | 29年 | 30年 |
西暦 | 1388年 | 1389年 | 1390年 | 1391年 | 1392年 | 1393年 | 1394年 | 1395年 | 1396年 | 1397年 |
干支 | 戊辰 | 己巳 | 庚午 | 辛未 | 壬申 | 癸酉 | 甲戌 | 乙亥 | 丙子 | 丁丑 |
洪武 | 31年 | |||||||||
西暦 | 1398年 | |||||||||
干支 | 戊寅 |
脚注
編集
前の元号 ― |
中国の元号 明 |
次の元号 建文 |