古川 伝一(ふるかわ でんいち、1897年明治30年)10月20日[1] - 1967年昭和42年)1月7日[1])は、福島県勿来市(現・いわき市

来歴 編集

福島県石城郡鮫川村(のち植田町→勿来市、現・いわき市)出身[1]。酒造業を営み、その傍ら、地方自治に参加し、福島県議会議員、植田町長、勿来市長を歴任した[1]。植田町は1955年に合併により、勿来市となり、合併後の市長選挙に立候補して当選した[2]鮫川の水利開発に力を入れ、また、常磐地区の低品位石炭の利用を主張し、常磐共同火力発電所の開設を基礎づけた[1]。勿来市長は1期務め、いわき市誕生後の1967年に死去した。

脚注 編集

  1. ^ a b c d e 『福島県史 第22巻』437頁。
  2. ^ 勿来市・市長選(福島県):政治データのブログ

参考文献 編集

  • 『福島県史 第22巻 (各論編 8 人物)』福島県、1972年。