国籍確認請求事件

国籍確認請求事件(こくせきかくにんせいきゅうじけん)とは、日本国籍を有するか否かの確認を求める裁判である。最初に争われた事例は、旧国籍法2条が「父系優先血統主義」を規定していたが、この規定を日本国憲法違反であるとして日本国籍確認を求めた訴訟である。その裁判以降少なくとも6件の事例がある[1]。以下では最初に争われた事例について取り上げる。

背景編集

国籍法2条は出生による日本国籍取得を規定しているが、訴訟当時の規定では新生児の父親が日本国民である場合にのみ日本国籍を認める「父系優先血統主義」を採用していた。この訴訟の原告はアメリカ合衆国出身の父親と日本人の母親との嫡女として誕生したが、当時の規定では日本国籍を取得できなかった。そのうえ父親が日本在住であり、合衆国国籍法の定めるアメリカ国内居住要件を満たしていなかったことからアメリカ国籍も取得できなかったことから、いかなる国の国籍を持たない無国籍者になった。

そのため、原告は「父系優先血統主義」は日本国憲法14条24条の両性平等原則と13条の人権尊重主義に反しており、父母いずれかが日本国民であれば日本国籍を取得できると合憲解釈をすべきであるから、日本国籍を有することを確認する訴訟を起こした。

裁判編集

この訴訟は1審、2審とも原告の訴えを認めず請求を棄却している。

1審編集

東京地方裁判所の昭和56年3月30日の判決(判時996号23頁)の主旨は、「父系優先血統主義」について二重国籍取得防止の為有用であり、また簡易帰化制度という補完的制度があり、「著しく不合理な差別であるとする非難を辛うじて回避し得るものであると考える」として原告の請求を棄却した[2]

2審編集

原告は控訴したが、東京高等裁判所は請求を棄却した。昭和57年6月23日の判決(行集23巻6号1367頁、判時1045号78頁)によれば、「父系優先血統主義」または「父母両統主義」も憲法に違反しないから「国籍法改正に当たって、そのうちどれを採用するかは立法府である国会の自由である」として、裁判所には国籍法に対する権限も義務もないとした。

その後編集

原告は最高裁判所に上告したが、国会が国籍法を改正(昭和59年法律45号)し、「父系優先血統主義」を廃止、改正法が施行された1985年1月1日以降は、20歳未満であれば3年以内に法務大臣に届出すれば日本国籍を取得できる附則5条により、原告も取得したことから、1988年4月に上告取下げをした。

脚注または引用文献編集

参考文献編集

判例編集

  • 東京地裁 (1981(昭和56)-03-30), 国籍確認請求事件, 判決, https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail5?id=17307, "国籍の取得につき父系優先血統主義をとる国籍法2条1号ないし3号の規定は,父母の性別による差別を設けるものであるが,これは重国籍防止のため必要かつ有用であり,補完的な簡易帰化制度を併せ伴う限り不合理な差別とはいえず,憲法13条,14条,24条2項等の規定に違反しない" 

雑誌編集

関連項目編集