土浦亀城邸
土浦亀城邸(つちうらかめきてい)は東京都品川区上大崎にあった住宅。建築家の土浦亀城が自宅として設計した。土浦が設計した自宅建築としては2つめに当たる[1]。
土浦亀城邸 | |
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情報 | |
用途 | 住宅 |
設計者 | 土浦亀城 |
施工 | 秋山組 |
構造形式 | 木造(一部RC造) |
敷地面積 | 285.98 m² |
延床面積 | 172.72 m² |
階数 | 地上2階 地下1階建 |
竣工 | 1935年 |
所在地 |
〒141-0021 東京都品川区上大崎2丁目6-14 |
座標 | 北緯35度38分20.1156秒 東経139度42分54.828秒 / 北緯35.638921000度 東経139.71523000度座標: 北緯35度38分20.1156秒 東経139度42分54.828秒 / 北緯35.638921000度 東経139.71523000度 |
文化財 | 東京都指定有形文化財 |
指定・登録等日 | 1995年(平成7年)3月27日 |
概要
編集1935年竣工で、日本を代表する初期モダニズム建築(バウハウス派)であるとされる[1]。木造乾式構法やシステムキッチンを採用するなど、後の日本の都市住宅に大きな影響を与えた[2]。
土浦の生前、江戸東京たてもの園への移築が東京都から打診されたが、江戸東京たてもの園を視察した土浦は「ぼくの家は坂に建っているから、平らなところではどう見せるのかな」と答え、その後移築構想自体が凍結された[3]。
1995年に東京都の有形文化財に指定され、1999年にDOCOMOMO JAPAN選定 日本におけるモダン・ムーブメントの建築に選ばれている[4]。土浦とその妻が死去するまで暮らし、夫妻の没後は所有者の2度の交代を経ている[4]。その後、「文化財所有者から土地所有者の株式会社ピーオーリアルエステートに寄贈」[5]され、2023年に解体。2024年3月、南青山2丁目に竣工したPOLA青山ビルディングの敷地内に移築された。[6]
脚注
編集- ^ a b 藤森照信「現代住宅併走 垂直方向の連続性」『TOTO通信』2018年夏号、TOTO、2022年4月17日閲覧。
- ^ “今も残る昭和 モダニズム 住宅の至宝 土浦亀城邸”. zeitgeist (2017年3月22日). 2022年4月21日閲覧。
- ^ 早川典子「蔵書探訪・蔵書自慢18 江戸東京博物館 土浦亀城旧蔵:建築図面・建築写真資料」『すまいろん』2008年夏号、住総研、2022年4月17日閲覧。
- ^ a b 土浦亀城邸 - 住宅遺産トラスト(2022年4月17日閲覧)
- ^ 令和3年5月24日開催 第1323回 東京都建築審査会(同意議案議事録) p.7-12
- ^ フランク・ロイド・ライトの弟子が手掛けた名作建築「土浦亀城邸」が青山に移築[1]