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大山誠之助(おおやま せいのすけ)は幕末から明治初年に活動した武士。大山巌の弟。大山綱昌の子(三男)。西郷隆盛の従弟。

西南戦争では薩摩軍に参加し延岡で政府軍に投降した。西南戦争の前年の明治9年(1876年)に西郷隆盛の娘である菊草(菊子)と婚約しており、捕虜となり懲役を終えたのち、明治13年(1880年)2月に婚礼を挙げる[1]。放免後は特に活動していない。明治26年、大山巌が「弟の不始末を詫びる」として菊子との間の4人の子供(米子、慶吉、綱則、冬子)を引き取っている。息子の大山慶吉は陸軍士官学校を卒業して将校となっている。

注釈編集

  1. ^ 南海物語: 西郷家の愛と哀しみの系譜p208

参考文献編集

  • 南海物語: 西郷家の愛と哀しみの系譜