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太史令(たいしれい)は中国歴代に設置された役職の一つである太史寮の長官。朝以来、置かれるようになった。

太史は三代以来の官名であり、政務を総括する三公(前漢では丞相太尉御史大夫)の下にあって行政を分掌する九卿の一つである太常(宗廟、礼儀を司る)の属官であり、天文暦法祭祀と国家の文書の起草や典籍・歴史を司った。秩禄六百石。

漢代には、司馬遷が自著の『史記』中において「太史公曰」という文言を多用したため、後代、太史という用語によって、司馬遷および『史記』を表すようになった。

六朝以後は、史官としての職責を担うことはなくなり、ただ天文・暦法のみを職掌とした。

になると、史書の編纂を職掌とした翰林院が太史と別称されるようになった。