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安藤 要人(あんどう かなめ、生没年不詳)は、津山藩家老[1]。津山藩は、公武合体や薩長の和合を求めていたが、征長に幕府側で出陣した。鳥羽・伏見の戦い後に長州の斡旋で恭順が認められた。写真は、存在する。

脚注編集