寧国府(ねいこくふ)は、中国にかつて存在した宋代から民国初年にかけて、現在の安徽省宣城市一帯に設置された。

概要編集

1166年乾道2年)、南宋により宣州が寧国府に昇格した。寧国府は江南東路に属し、宣城南陵寧国旌徳太平の6県を管轄した[1]

1277年至元14年)、により寧国府は寧国路総管府に昇格した。寧国路は江浙等処行中書省に属し、録事司と宣城・南陵・涇・寧国・旌徳・太平の6県を管轄した[2]1357年朱元璋により寧国路は寧国府と改められた。1361年、寧国府は宣城府と改称された。1366年、宣城府は宣州府と改称された。1367年、宣州府は寧国府と改称された。

のとき、寧国府は南直隷に属し、宣城・南陵・涇・寧国・旌徳・太平の6県を管轄した[3]

のとき、寧国府は安徽省に属し、宣城・南陵・涇・寧国・旌徳・太平の6県を管轄した[4]

1913年中華民国により寧国府は廃止された。

脚注編集

  1. ^ 宋史』地理志四
  2. ^ 元史』地理志五
  3. ^ 明史』地理志一
  4. ^ 清史稿』地理志六