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小松市立芦城中学校(こまつしりつ ろじょうちゅうがっこう)は、石川県小松市芦田町にある公立(市立)中学校

小松市立芦城中学校
Komatsu city Rojo jhs.jpg
国公私立 公立学校
設置者 小松市
設立年月日 1948年
共学・別学 男女共学
所在地 923-0968
石川県小松市芦田町2-69
外部リンク 小松市立芦城中学校
プロジェクト:学校/中学校テンプレート
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石川県小松市中心部に位置する、全校生徒600人弱の市内2番目の中規模学校。小松空港航空自衛隊小松基地が近いため、法[1]に基づき数次にわたり校舎に防音工事を施している。

沿革編集

  • 1947年(昭和22年)4月 - 芦城小学校校区を通学区域として、芦城小学校校舎の一部に開校。
  • 1948年(昭和23年)5月 - 現在地(元・石川県立小松商業学校敷地)へ移転。
  • 1948年(昭和23年)11月 - 校歌制定。
  • 1949年(昭和24年)4月 - 通学区域を一部変更。八幡小学校内に分校を設置。
  • 1950年(昭和25年)6月 - 校章制定。
  • 1950年(昭和25年)10月 - 校舎増築工事が終了。八幡分校を廃止し統合。
  • 1961年(昭和36年)4月 - 安宅新町・草野町・浮柳町が通学区域に加わる。暫定的に1年生のみ当校へ登校。
  • 1963年(昭和38年)4月 - 小松市立丸内中学校安宅教場が閉校になったことにより、安宅町が通学区域に加わる。
  • 1964年(昭和39年)6月 - 制服の一部(白線、女子上衣、ネクタイ等)を改定。
  • 1973年(昭和48年)5月 - 小松市立病院内に「みどり学級」を設置。
  • 1978年(昭和53年)4月 - 小松市立安宅中学校が復活したことにより、安宅地区の新1年生を分離。
  • 1979年(昭和54年)4月 - 「みどり学級」が石川県立医王養護学校へ移管され、同校みどり分校となる。
  • 1986年(昭和61年)7月 - 体罰を受けた生徒が死亡[2]

部活動編集

  • ハンドボール
    全国でも有数のハンドボールの強豪校として知られている。全国中学校総合ハンドボール大会では、1982年の第10回大会の男子3位入賞を皮切りに、翌1983年第11回富山全中では男女アベックで優勝するという、他競技でもめずらしい記録を成し遂げる。この「男女アベック優勝」という記録は、未だに破られていない。(後の2011年、愛知県代表・平針中が達成)
    また、参考記録ではあるが、北信越中学総合大会決勝では,第1回大会から4回大会まで「芦城中対寺井中」の同カード対決が4年間続いた。本来ならば上位2チームが全国大会へ出場できるのだが,当時北信越ブロックでは「一県につき一代表まで」という規定が定められており,(平成に入ると同時に廃止)僅か1度の出場に留まった。 この規定がなければ、1980年~1983年において4年連続で全国大会へ出場していたことになる。
    女子部は、アベック優勝を成し遂げた翌年1984年には、北信越予選準決勝で、富山代表の小杉中に圧勝し決勝で寺井中に惜敗。そのため、一県一代表の規定により繰り上げで小杉中が全国大会へ出場。結果、小杉中は全国準優勝の成績をおさめ、芦城中のみならず 石川県勢のレベルの高さが証明された。(優勝は寺井中)。
    1986年の第14回大会において、女子ハンドボール部が2度目の全国制覇を達成し、3年越しの雪辱を果たした。[3]
    2006年には女子が20年ぶり3度目の全国大会へ進出し話題を集めた。
  • バスケットボール
    1987年に男子バスケットボール部が全国中学校バスケットボール大会で準優勝。

区域小学校編集

周辺編集

一帯は小松市の市街地。

  • 小松市役所
  • 小松運動公園
  • 小松市立芦城小学校
  • 菟橘神社

出身有名人編集

脚注編集

  1. ^ 防衛施設周辺の整備等に関する法律、その後防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律
  2. ^ 子どもに関する事件【事例】
  3. ^ 情報提供:石川県のハンドボール情報
  4. ^ 小松市教育委員会では児童・生徒が通学すべき小中学校を定めているが、条例に定めた事例に応じて保護者が指定校変更を申し立てることができる。小学校・中学校の指定校変更制度を参照。

関連項目編集

外部リンク編集