小松飛行場(こまつひこうじょう)は、石川県小松市にある共用飛行場である。

小松飛行場(小松空港)
Komatsu Airbase (Komatsu Airport)
ターミナルビル
ターミナルビル
IATA: KMQ - ICAO: RJNK
概要
国・地域 日本の旗 日本
所在地 石川県小松市
母都市 金沢市福井市
種類 軍民共用
所有者 防衛省
運営者 航空自衛隊
所在部隊 第6航空団
飛行教導群
石川県消防防災航空隊
標高 6 m (18 ft)
座標 北緯36度23分38秒 東経136度24分27秒 / 北緯36.39389度 東経136.40750度 / 36.39389; 136.40750座標: 北緯36度23分38秒 東経136度24分27秒 / 北緯36.39389度 東経136.40750度 / 36.39389; 136.40750
ウェブサイト komatsuairport.jp
地図
小松飛行場の位置
小松飛行場の位置
KMQ/RJNK
小松飛行場の位置
小松飛行場の位置
KMQ/RJNK
小松飛行場の位置
滑走路
方向 長さ×幅 (m) 表面
06/24 2,700×45 コンクリート
06T/24T
閉鎖中
2,700×45 アスファルト
リスト
空港の一覧
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上空より俯瞰

防衛省が管理しており、航空自衛隊小松基地: JASDF Komatsu Airbase)と民間航空(民航)が滑走路を共用する飛行場で、特に後者においてはターミナルビルなどの施設の通称として小松空港(こまつくうこう、: Komatsu Airport)と呼ばれている[1]航空交通管制は航空自衛隊が行なっている。

目次

概要編集

 
小松飛行場の空中写真。(1975年撮影の6枚より合成作成)。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

小松市・金沢市福井市をはじめ、石川県南部(加賀地方)および福井県北部(嶺北地方)へのアクセス拠点となっている。2001年、公共事業見直しの風潮が広まったことや福井県が「北陸新幹線・小松空港重視」に政策転換したことで福井空港のジェット化が事実上白紙になり、時刻表などには「小松空港(金沢・福井)」とも表記されるようになった。

滑走路の両側に誘導路があり、山側を航空自衛隊が、海側を民航のターミナルが利用している。民航の定期便として過去にはボーイング747クラスの離着陸があり、1980年から全日空が747SR-100を、747-400が1993年1月から2008年3月末まで就航されていた。本州日本海側の空港では乗降客数が最も多い。計器進入装置であるILSを設置しているため、冬季の悪天候時でも欠航は比較的少ない。

主に貨物便を想定した欧米との直行便を就航可能にするために、2005年から2006年にかけ、本滑走路の舗装をかさ上げ(路盤の厚さを10cm増加)する工事が行われ、2006年12月21日から供用が開始された。本滑走路の重量制限は工事前の320tから396tに増加し、燃料を満載した国際貨物定期便などの大型機材の重量にも耐えられる構造となり、航空自衛隊の空中給油機KC-767の重量にも耐えられるものとされる。この工事に伴い、本滑走路と平行して仮滑走路が建設され、2005年3月17日から2006年12月20日まで供用された。仮滑走路は用地確保の関係上、本滑走路と97.5mしか離れていないため、2本の滑走路を同時に使用することはできない。仮滑走路は解体せず、今後の本滑走路に対する長期的な工事などがあった場合に、再び滑走路として使用される予定であるため、定期的に点検・管理されている。仮滑走路には、誤進入を防止する目的で15箇所に「×」の印(禁止標識)が表記されるとともに中央部に大きく「こまつ」と縦書きで表記されている。

年間利用客数は、国内2,120,767人、国際167,161人(2013年度)[2]

歴史編集

小松基地に関する事項は、後述の「航空自衛隊小松基地」の歴史を参照。

年表編集

旅客数編集

以下に年度別の乗降客数を示す[7]。国際線にはチャーター便を含む[7]マウスポインタを棒グラフの各要素に合わせると、該当年度の数値がポップアップする。

500,000
1,000,000
1,500,000
2,000,000
2,500,000
3,000,000
1960年度
1965年度
1970年度
1975年度
1980年度
1985年度
1990年度
1995年度
2000年度
2005年度
2010年度
2015年度
  •   国内線
  •   国際線

旅客・貨物施設編集

 
ターミナルビル(自衛隊基地側より見る)
 
北陸国際航空貨物ターミナル

いずれの施設も、北陸エアターミナルビル株式会社が運営している。

旅客ターミナルビル1階に、各社共同のレンタカー受付がある。

旅客施設
貨物施設
  • HIACT(ハイアクト:北陸国際航空貨物ターミナル)
    • 第一国際貨物上屋
    • 第二国際貨物上屋
  • 国内貨物上屋

空港内に施設をもつ行政機関・企業編集

定期就航路線編集

航空会社名が2社以上の場合、最前の航空会社の機材・乗務員で運航する共同運航便である。

国内線編集

航空会社 就航地
日本航空 (JAL) 東京国際空港
日本トランスオーシャン航空 (JTA) 那覇空港
全日本空輸 (ANA) 新千歳空港、東京国際空港、福岡空港[注 3]
アイベックスエアラインズ (IBX)
・全日本空輸 (ANA)
仙台空港成田国際空港、福岡空港
(小松飛行場発)就航路線別旅客数/順位[8]
行き先 旅客数 国内線順位
羽田空港 約163万人 上位8位

国際線乗継便編集

東京国際空港および福岡空港の各便には、コードシェア便として海外航空会社便名が付与される便がある。海外航空会社便名での利用は国際線乗継旅客に限られ、国内区間のみの利用は国内航空会社便名となる。

目的地 主たる航空会社 コードシェアする航空会社
東京国際空港   日本航空 (JL)   キャセイパシフィック航空 (CX)
  全日本空輸 (NH)   エバー航空 (BR)  シンガポール航空 (SQ)
福岡空港   全日本空輸 (NH)   タイ国際航空 (TG)

国際線編集

旅客便編集

航空会社 就航地
大韓航空 (KE)
日本航空 (JL)
デルタ航空 (DL)
 韓国仁川国際空港(ソウル)
エバー航空 (BR)
全日本空輸 (NH)
 台湾台湾桃園国際空港(台北)
中国東方航空 (MU)
・ 日本航空 (JL)
 中国上海浦東国際空港(上海)

貨物便編集

国際貨物定期便として、新千歳・香港・台北・仁川・フェアバンクスドバイアブダビを経由してルクセンブルクと往復するカーゴルックス航空の定期便(ボーイング747-400Fもしくはボーイング747-8F型)が運航される。なお、便によって北回りか南回りかがあり、各便がこれらすべての空港を経由するわけではない。

2016年1月24日からはアゼルバイジャンのシルクウェイ航空による貨物便も運行が開始される。機体は同社のボーイング747-400Fもしくはボーイング747-8F型を使用し、小松空港には日曜と木曜日の午後の週2便の運航予定である。

休廃止路線編集

小松空港に就航していた路線は以下の通り[9]

航空会社 就航地
全日本空輸 (ANA) 大阪国際空港名古屋空港(中部国際空港開港前)、新潟空港(経由地、札幌発着路線)、福井空港(経由地、東京・名古屋発着路線)
エアーニッポン (ANK) 鹿児島空港
AIRDO (ADO) 新千歳空港
日本エアシステム (JAS) 東京国際空港
日本エアコミューター (JAC) 岡山空港高松空港松山空港
ジェイエア (JLJ) 新潟空港、出雲空港広島西飛行場
フジドリームエアラインズ (FDA) 静岡空港

ANAの路線には、旧日本ヘリコプター輸送および中日本航空が運行していた時期も含む。エアーニッポンおよびジェイエアはそれぞれANAならびにJAL便で運行する以前の路線である。

航空自衛隊小松基地編集

 
小松基地正門
 
第303飛行隊の、F-15J
 
第303飛行隊の、T-4
 
第306飛行隊の、F-15J
 
救難展示を行なう小松救難隊のUH-60J
 
小松救難隊のU-125A
 
ブルーインパルス展示飛行(2005年 航空祭)

小松基地(こまつきち、JASDF Komatsu Airbase)は、1961年2月に開庁された、航空自衛隊基地である。対領空侵犯措置の任務を担っており、国籍不明機に対するスクランブル発進を行っている。基地司令第6航空団司令が兼務。基地北方の日本海上空に広大な訓練空域(G空域)がある。 よって航空総隊戦技競技会の開催が多い基地でもある。

歴史編集

  • 1958年昭和33年)2月19日 - 米軍による飛行場の大部分の接収が解除されると同時に、航空自衛隊小松分遣隊が配置。この年、折から活発化した自衛隊基地反対運動に対し小松市長和田伝四郎が併用飛行場化の立場を表明する[注 4]
  • 1959年(昭和34年)
    • 6月1日 - 航空自衛隊小松分屯基地が設置。
    • 12月4日 - 小松基地に関する33カ条約定締結。
  • 1960年(昭和35年)4月19日 - 小松基地としての整備工事着工。
  • 1961年(昭和36年)
    • 2月1日 - 航空自衛隊小松基地開庁。臨時小松派遣隊編成。
    • 3月1日 - 小松救難分遣隊配備。4月から5月にかけて第4飛行隊(F-86F、25機編成)が千歳基地から、第8飛行隊(F-86F)が松島基地からそれぞれ移駐し第6航空団編成。当時の航空団要員は約1200人。
    • 6月11日 - 小松基地開庁祭。
  • 1962年(昭和37年)
    • 5月15日、警戒待機(アラート)運用を開始。
    • 7月15日、第6航空団編成完結。
  • 1963年(昭和38年)1月24日 - 三八豪雪災害派遣
  • 1964年(昭和39年)
    • 4月30日 - 小松基地拡張に伴い、小松市からの要望事項に対して協定を締結。
    • 11月 - 第8飛行隊、岩国基地へ移動。
  • 1965年(昭和40年)3月31日 - 第205飛行隊新編(F-104J配備、20機編成)。基地拡張用地42.3haを取得。同地の開拓団は解散。
  • 1969年(昭和44年)2月8日 - 金沢市の市街地に落雷を受けたF-104Jが墜落、4人が死亡する事故が発生。
  • 1974年(昭和49年)8月 - 当時の新機種であるF-4EJの配備を小松市へ申し入れ。
  • 1975年(昭和50年)
    • 6月 - 第4飛行隊解散。
    • 10月4日 - F-4EJ配備に関し防衛施設庁と地元自治体の間で「小松基地周辺の騒音対策に関する基本協定書」(いわゆる「10・4協定」)を締結[注 5]
  • 1976年(昭和51年)10月26日 - 第303飛行隊新編(F-4EJ配備、18機編成)。
  • 1981年(昭和56年)
    • 6月30日 - 第205飛行隊解散。
    • 7月1日、第306飛行隊新編(F-4EJ配備、18機編成)。
  • 1982年(昭和57年)11月 - 在日米軍への提供が決まり、以降自衛隊との共同使用(訓練)が実施される[10]。11月30日初の共同訓練を実施。
  • 1986年(昭和61年)11月1日 - 第303飛行隊がF-15Jに改編(18機編成)。
  • 1988年(昭和63年)3月31日 - 第301基地防空隊新編。
  • 1995年平成7年)11月22日 - 能登半島沖で訓練中のF-15Jが誤って僚機を撃墜する事故が発生(F-15僚機撃墜事故)。
  • 1997年(平成9年)3月 - 第306飛行隊がF-15Jに改編。
  • 2002年(平成14年)
    • 4月26日 - 配備機種がF-15Jに更新されたことと航空便増便で過密化が進行したため、防衛庁が「10・4」協定に基づく「昼休み時間帯の離着陸制限」および「東側編隊離陸制限」の緩和を小松、加賀両市に申し入れ。同時に石川県に通知。
    • 12月24日 - 小松市および加賀市と「協定書の一部を改正する協定書」を締結し、自主的騒音規制の一部を緩和。
  • 2006年(平成18年)7月 - 小松市、加賀市、川北町など周辺自治体が米軍機の訓練受け入れを容認表明。
  • 2011年(平成23年)10月7日 - F-15の燃料タンク落下事故が発生。同年12月16日に飛行を再開。なお、この年の航空祭は落下した部品捜索と飛行訓練中止により開催されなかった。
  • 2016年(平成28年)6月10日 - 飛行教導群新田原基地から移動。

配置部隊編集

中部航空方面隊隷下

航空戦術教導団隷下

航空総隊隷下

航空支援集団隷下

防衛大臣直轄部隊

小松基地航空祭編集

例年秋頃に開催される航空祭では、小松基地所属の戦闘機や救難機の展示飛行、アクロバット飛行を行う第11飛行隊(ブルーインパルス)の展示飛行が実施される。1990年代半ばまでは、毎年6月の開催だったが、梅雨の時期と重なっており雨天が多く、展示飛行もキャンセルになることがしばしばあったため、北陸で好天の多い9月に開催されるようになった。なお1990年代後半から2000年までは航空自衛隊では珍しく8月の最終土・日曜日に2日間開催されていたが、2001年以降は9月に1日のみの開催となっている。ただし、2001年は9・11テロにより実際には中止となり開催されていない。2009年は11月の開催となった。2011年はF-15の機外燃料タンク落下事故の発生に伴い中止になった。

周辺対策編集

本飛行場に関係する周辺対策事業は他の自衛隊・在日米軍施設同様「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律」を根拠法とし(以下本節で同法と呼ぶ)、旧防衛施設庁の主導により下記が実施されてきた[11]

一般的に、周辺対策事業は下記のように区分され、その他にも名目をつけて予算措置がなされることがある。

  • 障害防止工事の助成
  • 住宅防音工事の助成
  • 移転措置による土地の買い入れ
  • 民生安定施設の助成
  • 調整交付金の交付

こうした周辺対策事業を住民側から支援するため小松基地民防連合会、小松基地北部民防協会、小松民防施工協会等が組織されている。

飛行場南側は1968年に完成した片山津ゴルフ場が3km余りに渡って続いており、西岸は安宅海岸として林が整備され、工業団地などが中心で人家は少ない[注 6]。北側の飛行ルート上は小松市中心地に近く、防音対策は専らこの地域で実施される。

障害防止工事編集

障害防止対策事業(同法3条に基づく)の内一般障害防止については、本飛行場の拡張などに伴い裸地化・荒廃化が進み場外排水路周辺にて洪水被害が生じた[注 7]ため、排水路改修工事への助成があり、1977年度から1985年度まで助成を実施し、経年及び事業場所の状況変化により2003年に排水路の一部更新事業を実施した[注 8]

また、同飛行場を離着陸する航空機の頻繁な飛行により、周辺地域のテレビにフラッターが生じていることから、防止策として共同受信施設を1976年度から1994年度まで助成を実施した。

その他、1965年度から1977年度にかけて騒音用電話機設置事業に助成を実施した。

これら障害防止工事の補助実績は2003年度までで約9億3000万円となっている。

騒音防止工事編集

学校等の公共施設の騒音防止対策事業としては、航空機騒音の防止・軽減対策として1960年度に飛行場に隣接する小松市立日末小学校の防音工事を実施したのを皮切りに、2003年度までに石川県、小松市、加賀市、及び法人関係の教育施設や医療施設など158施設に対して、総計約287億3000万円の助成を実施した。近隣の学校には校舎にクーラーを設置している。

住宅防音工事編集

住宅防音工事については小松市、加賀市等の同法4条に基づいて指定した第一種区域(75WECPNL以上[12])に所在する住宅を対象として、1975年度より実施し、1996年度からは特定住宅防音工事(ドーナツ現象[注 9]、1999年からは建替防音工事、2002年度からは外郭防音工事、2003年度からは太陽光発電システム設置工事(モニタリング)を実施している。2003年度時点で約29000世帯に対して635億円が投じられている。また、当該工事により設置した空気調和設備の機能復旧工事(経年劣化による設備更新など)は1989年度かから、建具復旧工事は1999年度から実施し2003年度までに延べ1万世帯、約30億円を助成した。

こうした防音工事は民間防音工事、略して民防工事と呼ばれるが、地元企業でもこの工事を目標とした売込みが行われている[13]

2010年には事業仕分けの影響により、第1四半期(4~7月)の工事受注が無くなり、地元建築業者が困惑していると報じられている[14]

移転措置編集

同法第5条に基づく第二種区域(WECPNL90以上)からの移転補償については1964年度から実施しており、1996年度までの総計で建物444戸、土地約70ha、133億7900万円となっている[15]。2003年度までの実績で見ると建物537戸、土地買い入れ約80ha、総計約196億円の補償、購入を行っており、7年余りの間に100戸余りの積み増しがあったことが分かる。移転先地の公共施設整備事業は1969年度から実施され、2003年度までに5件、約13億円を助成している。小松市内の波佐美、鹿小屋、安宅新の各地区は集団移転を実施した。

第二種区域内の移転措置で購入した土地は「周辺財産」として防衛施設庁が管理していた。その面積は2003年度時点で約77haとなっており、植栽を実施した面積は内54haである。この他小松飛行場周辺には元々自然林が2.8haある。また、周辺財産の一部5.8haを小松市に広場、駐車場として使用を許可しているという。

民生安定施設の助成編集

民生安定施設の助成は同法8条に基づく。一般助成事業として、屋外運動場体育館、有線ラジオ放送施設、コミュニティ供用施設、農業用施設等について、1967年度より助成を開始し、2003年度時点で総計は約48億円となっている。

防音助成事業として、学習等供用施設、公民館、保険相談センター、庁舎等について、1966年度から助成を開始し、2003年度時点までで小松市、加賀市等の163施設に対して総計71億4000万円となっている。

道路改修事業については1961年度より開始し2003年度までで改良、舗装、消雪装置の設備、補修等に50件以上、約55億円を助成している[注 10]

特定防衛施設周辺整備調整交付金編集

更に、同法9条に基づき、特定防衛施設周辺整備調整交付金を特定防衛施設関連市町村に指定されている小松、加賀両市に対して交付している。用途としては道路などの交通施設が主体であり、2000年代には社会のIT化を反映したものとしてパソコンの整備等公共用施設の整備に充当されている。総計学としては1974年度の開始から2003年度までで総計約85億円となっている。

まちづくり計画事業の助成編集

周辺地域との調和を図るため、飛行場を前提としたまちづくりのための総合的な計画の策定事業として2002年度に小松市に約1400万円を助成している。これにより、小松市立空とこども絵本館(資料館および体験館)を建設した。

防音堤の建設編集

「10・4」協定の際に防音堤[注 11]の建設が小松市から要望され、1976年度予算に盛り込まれた[16]。当時の予測では地上の航空機の発生する音を6~9ホン[注 12]軽減する効果が見込まれた。他の騒音防止策を含めて実効を挙げ始めたと判断した1976年8月13日、防衛庁は小松へのF-4EJの配備を小松市など周辺自治体に申し入れた[17]

その後、空港前を横切っているアクセス道で県道である、空港軽海線の4車線化に伴い、防音堤の一部が2000年12月に撤去されている[18][注 9]

機材の更新編集

これは周辺対策ではなく、発生源対策である[注 9]。発着する民間航空機は高バイパス比の機種に徐々に転換されていったため、他の空港同様個々の離着陸音は小さくなっている(便数増加の影響はある)。

「主たる騒音発生源」である自衛隊機については戦闘機は高バイパス比で低騒音の機材に更新することが困難であるため、協定や自主規制を通じて運用方法により騒音軽減が図られていった。過去、最も大きな騒音発生源であったのは協定を結ぶきっかけとなったF-4シリーズである。しかし、配置されている2個飛行隊が段階的にF-15に更新されていったため、部分的な機材改善の効果が観測されていることが『騒音制御』誌で指摘されている。具体的には滑走路端での測定では離陸音の影響が大であるためF-4時代との差は見られないが、滑走路端から12kmの地点では着陸音の影響が大となるため、2個飛行隊ともF-15に転換した後の測定ではWECPNLで8dB程の低下が観測された[19]

訴訟等編集

一部周辺住民により離着陸の差し止めを求める「小松基地戦闘機離着陸差止等請求訴訟」が大分して2度にわたり提訴されていた。第1次、第2次訴訟については1994年12月、第3次、第4次訴訟については2007年4月に名古屋高等裁判所金沢支部にて棄却されたが、損害賠償支払いについては命令した。双方が上訴しなかった為判決が確定した[20]

ただし、どちらの訴訟でもWECPNL75以上の区域に居住する住民は受忍限度を超えているとして国に損害賠償の義務を認めている[21][注 9]

事故等編集

2011年10月7日8時45分頃、小松基地所属のF-15Jが小松飛行場へ着陸する直前に、機体から左翼側機外燃料タンク及び一部部品が落下した[22]。この事故により2011年の航空祭は中止となった。

訓練飛行開始時間の前倒し編集

2015年秋から、基地周辺に住んでいるNHK連続テレビ小説(通称:朝ドラ)の視聴者に配慮し、F15戦闘機の訓練飛行開始時間を慣例の8時0分より約10分早めた[23][24]

交通編集

本数・所要時間・運賃等の詳細は、該当項目や公式サイトを参照。

路線バス編集

2013年3月31日現在、金沢駅西口小松駅[注 13]福井駅東口、加賀方面をそれぞれ発着する4路線がある。

無料バス編集

あわら市が運営する予約制の金沢・あわら無料バス「KANAZAWARA号」(あわら観光)が立ち寄り、同市の芦原温泉駅あわら湯のまち駅とを結んでいる(1日1往復)。小松空港⇔金沢駅西口のみの利用はできない。

タクシー編集

タクシー乗降場と待機所があり、原則としてタクシーが待機している。小松駅からはタクシーで10分程度である。

2011年(平成23年)11月6日より「加賀越前観光ガイドタクシー」が運行されている。

道路編集

駐車場編集

空港環境整備協会が運営する駐車場が、第1から第3まである。24時間利用可能で、普通自動車のみ入場から30分まで無料である。

航空プラザ臨時駐車場は2011年(平成23年)12月1日から小松空港国際線駐車場となり、小松発着の国際線利用者および小松 - 羽田・成田便を利用して羽田・成田空港で国際線に乗り継ぐ旅客に限定して無料開放している。なお、24時間を超える駐車は可能であるが車両の入出場が可能な時間帯は限られている。

周辺編集

その他編集

  • 小松VOR及び小松ILS/DMEの保守官所は、2016年4月1日から管制技術官集約の為、中部空港事務所へ変更となった。小松TACANは、防衛省管轄である。

脚注編集

[ヘルプ]

注釈編集

  1. ^ 『日本工業新聞』1962年1月5日、他9月の記事等
    この博覧会は産経新聞その他の協賛によって日本国内で向ヶ丘遊園など順次持ち回り開催されており、航空機や車両などの展示が実施された。
  2. ^ 2006年5月FAZ制度廃止
  3. ^ ANAウイングスの乗務員および機材による運行。
  4. ^ 大阪防衛施設局長「小松飛行場-その運用と周辺対策-」『調和 基地と住民』No.33 1989年9月15日
    発言要旨「米軍から返還後、民間航空機が使用しているが、施設が不十分、自衛隊の航空基地として整備し、併せて民間航空施設も完備すべきである」
  5. ^ 防衛施設庁長官、石川県知事、周辺8市町村長(小松市長、加賀市長、松任市長、根上町長、寺井町長、辰口町長、川北村長、美川村長)による締結。自治体名はいずれも当時のもの。
    小松基地周辺の騒音対策に関する基本協定の締結 (PDF) 防衛施設庁史第3章第9節 2007年
  6. ^ 日末工業団地、小松鉄工団地、石川県土地開発公社による用地造成等
  7. ^ 一般に飛行場は広大な敷地を舗装するためその土地の保水力は著しく低下し、大量の降雨の際は周辺地域に雨水が流出する。
  8. ^ 一例としては安宅新排水路、長崎地区排水路
  9. ^ a b c d 小松基地周辺の騒音対策 (PDF)”. 小松基地周辺の騒音対策. 石川県環境部 (2010年3月). 2012年12月3日閲覧。第一種区域はWECPNLの指定基準値により決定されるが、基準値は段階的に改正(1978年:85W→1980年:80W→1982年:75W)されていった。これは住宅防音工事の進捗状況を踏まえた措置であったが、建設時期が同一、ないしそれ以前のものであっても区域によっては対象とならない住宅が発生するという現象のこと。)
  10. ^ 例:下牧迂回路、城南松崎線等
  11. ^ 防音を目的とした築堤。
  12. ^ 当時は「ホン」での測定が一般的であった。
  13. ^ 一部の便はホテルサンルート前で終着、一部の便は粟津A線と直通運転する。

出典編集

  1. ^ a b “小松空港きょう開港50年 交流・物流の拡大に貢献”. 北國新聞 (北國新聞社). (2011年12月20日)
  2. ^ “管内空港の利用状況概況集計表(平成25年度速報値)” (PDF) (プレスリリース), 国土交通省大阪航空局, http://www.ocab.mlit.go.jp/about/total/report/pdf/riyou_h25d.pdf 
  3. ^ a b 大阪防衛施設局長「小松飛行場-その運用と周辺対策-」『調和 基地と住民』No.33 1989年9月15日
  4. ^ https://www.ana.co.jp/pr/09-0103/09-011.html
  5. ^ <空の玄関口>小松空港 新幹線に苦戦読売新聞 2016年2月14日)
  6. ^ [北陸新幹線の陰で危機に瀕する、富山空港の粘り腰](ダイヤモンド・オンライン 2016年1月5日)
  7. ^ a b 小松空港について(小松空港協議会 / 小松空港国際化推進協議会)
  8. ^ “平成25年度の航空輸送統計の概況について” (PDF) (プレスリリース), 国土交通省, (2014年6月3日), http://www.mlit.go.jp/common/001041866.pdf 上位50位までを記載
  9. ^ 『設立50周年記念誌 翼広げて50年』154および155ページ - 北陸エアターミナルビル(2010年10月発行)
  10. ^ 日米安全保障条約第6条に基づく施設及び区域、日米地位協定第2条第4項(b)の適用による
  11. ^ 周辺対策の主な出典は
    大阪防衛施設局「小松飛行場 その運用と周辺対策等」『調和 基地と住民』2005年3月
  12. ^ 防衛施設庁算出法によるWECPNL
  13. ^ 例:住宅防音工事(民防工事) [リンク切れ] 『アイホーム』ウェブサイト内
    防音工事はどういう工事? 小松市の工務店 (有)宮田建設 ~現場便り~ 2009年4月4日
    民間防音工事 伊藤建築
  14. ^ “事業仕分けが影響、「仕事ない」 小松基地防音対策で業者”. 47NEWS. 北國新聞. (2010年6月22日). http://www.47news.jp/news/2010/06/post_20100622142721.html 2012年12月3日閲覧。 
  15. ^ 大阪防衛施設局「小松飛行場 その運用と周辺対策」『調和 基地と住民』1997年9月15日
  16. ^ 「防衛施設庁、小松市に防音堤計画を説明」『日経新聞』北陸面 1976年1月31日
  17. ^ 「防衛庁、小松基地へのファントム来週配置を石川県など関係市町村に通告」『日経新聞』1976年8月14日朝刊
  18. ^ “小松市会議”. 平成12年第1回定例会. (2000-3-8) 
  19. ^ 月岡秀文「航空機騒音はどう変わったか? 防衛施設周辺の事例」『騒音制御』Vol31,No.2 2007年
    本節で述べた機材更新の影響はほぼこの記事を参考とした。
  20. ^ “小松基地訴訟・騒音を放置していいのか”. 琉球新報 (琉球新報社). (2007年4月17日). オリジナル2017年4月9日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20170409002501/http://ryukyushimpo.jp/editorial/prentry-23045.html 2017年4月9日閲覧。 
  21. ^ 鳩山由紀夫 (2009年12月1日). “米軍の航空機騒音に係る訴訟における損害賠償金等に関する質問に対する答弁書”. 質問主意書答弁書. 防衛省. 2012年12月3日閲覧。
  22. ^ 小松基地所属F-15の機外タンク落下について
  23. ^ 理由は朝ドラ? 小松基地、飛行訓練が10分早まる朝日新聞デジタル2015年12月18日10時39分配信(2015年12月22日閲覧)
  24. ^ 空自小松基地 訓練開始前倒し 朝ドラに配慮 /石川毎日新聞2015年12月19日配信(2015年12月22日閲覧)

参考文献編集

歴史・年表
  • 『設立50周年記念誌 翼広げて50年』 - 北陸エアターミナル(2010年10月)
  • 『基地と空港に関する資料 基地と小松 平成25年度』 - 小松市行政管理部飛行場課(2013年)
  • 「小松飛行場 - その運用と周辺対策 - 」『調和 基地と住民』1989年3月15日
  • 「小松飛行場 その運用と周辺対策等」『調和 基地と住民』2005年3月
  • 第8章6 航空自衛隊小松基地の沿革『安宅新町史』
  • 『Cargo』(海事プレス社)2004年4月号、2008年6月号(いずれも小松空港特集)

関連項目編集

外部リンク編集