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岡 景忠(おか かげただ、生年不明 - 寛永7年8月25日1630年10月1日))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将小早川氏の家臣。通称は与次郎、与三左衛門尉。受領名和泉岡就栄の子。

永禄10年(1567年4月17日小早川隆景より偏諱を受け元服。主君隆景の使者として吉川元春穂井田元清の下へ派遣される。小早川家文書にある正月の座配立書には天正7年(1579年)から名が現れ、上座から10番目前後に記されている。

寛永7年(1630年)死去。

参考文献編集