平野 長発(ひらの ながゆき)は、江戸時代後期の大和国交代寄合表御衆田原本9代領主。通称は権平。官位従五位下兵庫助

 
平野長発
時代 江戸時代後期
生誕 文化11年3月27日1814年5月16日
死没 嘉永6年12月26日1854年1月24日
別名 権平(通称)
官位 従五位下兵庫助
幕府 江戸幕府
主君 徳川家慶家定
大和田原本領
氏族 平野氏
父母 平野長興
兄弟 長発山崎治正
森長国娘於城松平直寛
長裕、万寿子
テンプレートを表示
本誓寺・広徳院(平野長発)廟(左側)

略歴編集

平野長興の長男として誕生。弟に山崎治正山崎義柄養子)。

文政12年(1829年)に家督を相続し、駿府加番などを務める。書に長けており、大和参筆と賞された。廟所は田原本の本誓寺。廟は、3回忌に子の長裕が建立したもの。

系譜編集