性応法親王(しょうおうほうしんのう、1690年11月8日 - 1712年[1])は日本の法親王[2]。
霊元天皇の第10皇子[3]。
当時既に兄の東山天皇が即位していた上に10番目の皇子であったため、天皇として即位することは考えられていなかった。
その後出家した[3]。