恒久平和のために人民民主主義のために!

コミンフォルムの機関紙

恒久平和のために人民民主主義のために!(こうきゅうへいわのためにじんみんみんしゅしゅぎのために)[注釈 1]または恒久平和と人民民主主義のために[2][3][4]とは、共産党・労働者党情報局(コミンフォルム)の機関紙[5][6][7]

イタリア語版の題字

概要編集

創刊号は1947年11月1日にユーゴスラビアの首都ベオグラードにおいて出版された[8][9]。ベオグラードにおいて発行された最後の号は、1948年6月に発行された[10]。第2回コミンフォルム会議で編集局をベオグラードから移転することが決定し、1948年7月からルーマニアブカレストにおいて発行された[10][11][12][13]

毎週発行され、英語(For a Lasting Peace, for a People's Democracy!)、フランス語Pour une paix durable, pour une democratie populaire! )、ロシア語За прочный мир, за народную демократию! )、ブルガリア語За траен мир, за народна демокрация! )、ドイツ語Für dauerhaften Frieden, für Volksdemokratie! )、スペイン語¡Por una paz duradera, por una democracia popular! )、チェコ語Za trvalý mír, za lidovou demokracii! )、ハンガリー語Tartós békéért, népi demokráciáért! )とポーランド語O trwały pokój, o demokrację ludową! )の各言語の版があった[6][7][14]。同紙は共産党間の交流の促進を目的としていた[7]。当初はセルビア・クロアチア語版もあった( Za trajan mir, za narodnu demokratiju![15][8]

1951年の初めにフランス政府によって発行が禁止され、その後、『平和と民主主義』(Paix et démocratie)というタイトルの新しいフランス語版がフランスで出版された[16]

『恒久平和のために人民民主主義のために!』の発行は1956年4月に終了した[10]

日本共産党との関係編集

1950年1月6日に、コミンフォルムは『恒久平和のために人民民主主義のために!』で「日本の情勢について」と題するオブザーバー署名論文を掲載し、当時の日本共産党平和革命戦術を批判した。これを受けて日本共産党は所感派と国際派に分裂し、更には51年綱領の採択や武装闘争への傾倒をもたらすこととなった[2][3]

不破哲三は、ソ連が編集権を握る『恒久平和のために人民民主主義のために!』をコミンフォルムが発行することで、スターリンの思うままに各国共産党に指図できる体制が築かれていたと指摘している[4]

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 記事名は、日本語訳版を写したものと思われる画像を元にした。画像では「恒久平和のために」「人民民主主義のために」の間にコンマが入っているものとないものが確認できる[1]

出典編集

  1. ^ 恒久平和のために人民民主主義のために 通巻198~344号のうち13部 (日本共産党資料)”. 東京都古書籍商業協同組合. 2022年2月3日閲覧。
  2. ^ a b 高橋, 伸夫「武装闘争路線から平和共存路線へ : 中国共産党の国際情勢認識、一九五〇年~一九五五年」『法學研究 : 法律・政治・社会』第64巻第8号、1991年、 20–52頁。
  3. ^ a b 警備研究会 編 『わかりやすい極左・右翼・日本共産党用語集』(5訂)立花書房、2017年、27-28頁。ISBN 978-4-8037-1541-5OCLC 971478360 
  4. ^ a b 『スターリン秘史 巨悪の成立と展開』第6巻を語る(上)/ヨーロッパ戦略の誤算。活路をアジア「第二戦線」に”. www.jcp.or.jp. しんぶん赤旗 (2016年4月4日). 2022年2月2日閲覧。
  5. ^ The Soviet Union is the Bulwark of Peace, Democracy and Socialism. Foreign Languages Publishing House. (1952). p. 53. https://books.google.com/books?id=uqYdAQAAMAAJ 
  6. ^ a b Library of Congress. Processing Department (September 1955). East European Accessions List. p. 57. https://books.google.com/books?id=flIhAQAAMAAJ 
  7. ^ a b c The Current Digest of the Soviet Press. American Association for the Advancement of Slavic Studies. (1956). pp. 6, 33. https://books.google.com/books?id=7TYJAQAAIAAJ 
  8. ^ a b Henry Peyret (1961). L'U.R.S.S.. Presses universitaires de France. p. 177. https://books.google.com/books?id=gvtxAAAAIAAJ 
  9. ^ Paolo Spriano (1985). Stalin and the European Communists. Verso. p. 306. ISBN 978-0-86091-103-6. https://books.google.com/books?id=nd4EAQAAIAAJ 
  10. ^ a b c Hans Mommsen (1974). Geschichte: Faschismus bis Leibeigenschaft. Verlag nicht ermittelbar. p. 271. ISBN 978-3-585-32039-8. https://books.google.com/books?id=9-CHAAAAIAAJ 
  11. ^ Giuliano Procacci (1994). Annali della Fondazione Giangiacomo Feltrinelli (1994). The Cominform. Minutes of the three Conferences (1947-1949). Feltrinelli Editore. p. 645. ISBN 978-88-07-99050-2. https://books.google.com/books?id=Ry7b7ftaDR0C&pg=PA645 
  12. ^ Tony Judt (5 September 2006). Postwar: A History of Europe Since 1945. Penguin Publishing Group. p. 405. ISBN 978-1-4406-2476-6. https://books.google.com/books?id=xE1hBBF37kwC&pg=PT405 
  13. ^ East European Accessions List. Library of Congress, Processing Department. (July 1954). p. 68. https://books.google.com/books?id=cAp7auHzuzMC 
  14. ^ ¡Por una paz duradera, por una democracia popular!: Órgano del Buró de Información de los Partidos Comunistas y Obreros. (WorldCat catalog)
  15. ^ 図書館にある恒久平和のために人民民主主義のために!に関係する蔵書一覧 - WorldCatカタログ
  16. ^ Institut Maurice Thorez (1979). Cahiers d'histoire de l'Institut Maurice Thorez. p. 200. https://books.google.com/books?id=JqoKAAAAIAAJ 

外部リンク編集