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恭倹寺(きょうけんじ)は、長野県松本市梓川梓にある浄土宗寺院で、山号は温良山(おんりょうざん)。

恭倹寺
所在地 長野県松本市梓川梓5577
山号 温良山
宗派 浄土宗
創建年 1880年明治13年)
開山 養鸕徹定
正式名 温良山恭倹寺
法人番号 6100005005904 ウィキデータを編集
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概要編集

小高い丘の木立の中にあり、周辺はりんご畑や水田である。旧松本藩内では藩主を先頭にした廃仏毀釈が激しく、藩内の75%の寺が失われた。1880年明治13年)に当地に来た養鸕徹定上人が新寺建立を企図し、高まっていた寺院復興の動きとも合致して、この寺が創建された。このために寺の歴史は新しい。鐘楼門・梵鐘は廃仏毀釈で放棄されたものを使っているため、寺の創建よりも歴史が古い。本堂は、1973年昭和48年)に松本市の浄林寺の旧本堂を譲り受けて移築したもので、創建以来の本堂建立の願いを果たした。

鐘楼と梵鐘編集

梓川の対岸である波田上波田から登った山中に、江戸時代には「信濃日光」と呼ばれ、参拝者も多かった若沢寺という大きな真言宗寺院があった。しかし、この寺院も、廃仏毀釈の動きの中で1871年に廃寺とされた。この寺の鐘楼門は、この若沢寺廃寺の枡組等の部材を使って竣工している。

梵鐘は、1891年に、やはり廃寺となった上総国最勝福寺の梵鐘を、小県郡上田町(現上田市)の金物商が売りに出していたことから、輸送料込み331円で購入した。この梵鐘はその銘から、1698年元禄11年)に造られたものであることがわかっている。太平洋戦争の金属回収運動によって供出を迫られたが、当時の住職がそれに抗して、潰すことをまぬがれた。

アクセス編集

周辺編集

参考文献編集

外部リンク編集