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戒光寺(かいこうじ)は、京都府京都市東山区泉涌寺山内にある真言宗泉涌寺派準別格本山の寺院。泉涌寺塔頭のひとつで、丈六さんとも称される。山号は東山または泉山。正式名称は戒光律寺。本尊釈迦如来京都十三仏霊場3番札所。泉山七福神巡り2番(弁財天)札所。

戒光寺
Kaikoji hondo.jpg
本堂
所在地 京都府京都市東山区泉涌寺山内町29
位置 北緯34度58分51秒 東経135度46分41.2秒 / 北緯34.98083度 東経135.778111度 / 34.98083; 135.778111座標: 北緯34度58分51秒 東経135度46分41.2秒 / 北緯34.98083度 東経135.778111度 / 34.98083; 135.778111
山号 東山、泉山
宗派 真言宗泉涌寺派
寺格 準別格本山
本尊 釈迦如来
創建年 安貞2年(1228年
開基 浄業(曇照律師)
正式名 戒光律寺
別称 丈六さん
札所等 京都十三仏霊場3番
泉山七福神巡り弁財天
文化財 木造釈迦如来立像ほか(重要文化財)
法人番号 9130005002219
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目次

歴史編集

鎌倉時代安貞2年(1228年)、南宋から帰朝した浄業曇照が大宮八条の東堀川の西に戒光寺を創建すると、運慶湛慶父子の合作である丈六の釈迦如来立像を本尊として迎え、後堀河天皇勅願所となった。応仁の乱によって堂宇を焼失するが、かろうじて焼け残った釈迦如来像を一条戻橋の東に移し、更に三条川東に移動させた後、正保2年(1645年)に後水尾天皇の発願により現在地に移転し、泉涌寺の塔頭となる。

後陽成天皇皇后中和門院の信仰の他、後水尾天皇も深く信仰し、釈迦如来が自らの身代わりになってくれたということもあり、天皇の守護仏として朝野の崇敬あつく、後には庶民からも「身代わり丈六さん」の名で篤い信仰をうけている。

毎年1月の第2月曜日成人の日)に行われる泉山七福神巡りでは二番として弁財天を奉祀する。

墓地には1868年明治元年)に壬生寺から改葬された御陵衛士伊東甲子太郎以下4名の墓がある。

文化財編集

重要文化財編集

  • 木造釈迦如来立像(丈六釈迦如来)― 後水尾天皇がまだ東宮・政仁親王であった頃、即位争いに巻き込まれてしまい、政仁親王は寝室で暗殺者に寝首を掻かれてしまった。この時に、この釈迦如来が身代わりに立たれて首を切られ、政仁親王は無事に済んだ。そのために釈迦如来像の首の辺りにはその時に流れ出た血の跡が今も残っている。
  • 木造浄業坐像

札所等編集

京都十三仏霊場
2 清凉寺 -- 3 戒光寺  --  4 大光明寺

関連項目編集

外部リンク編集