折笠 美秋(おりがさ びしゅう、1934年昭和9年〉12月23日 - 1990年平成2年〉3月17日)は、俳人新聞記者。本名・美昭神奈川県横須賀市出身、早稲田大学高等学院・中学部国文学科卒。在学中に同人誌に文芸作品を発表するとともに早大俳句会に参加。1958年東京新聞社に入社。同年『俳句評論』が創刊されて同誌の編集同人となり高柳重信に師事、新聞記者として働く傍らで俳句作品や俳句評論を精力的に執筆する。のちに「騎」創刊にも参加。1967年第3回俳句評論賞を受賞(評論の部)。

1982年筋萎縮性側索硬化症(ALS)発症し、翌年北里大学病院に入院。全身不随となり、わずかに動く口と目だけで夫人に意志を読み取ってもらい句作を続けた。その境涯が話題となり、特に第二句集『君なら蝶に』は当時広く読まれ、夫人の手記をもとにしたドキュメンタリーやテレビドラマも放映された。1985年、第32回現代俳句協会賞受賞。句集に『虎嘯記』(1984年、俳句評論社)、『君なら蝶に』(1987年、立風書房)、『火傳書』(1989年、騎の会)、ほかに病床記録『死出の衣は』(1989年、富士見書房)、評論集『否とよ、陛下』(1998年、騎の会)がある。

句風は富澤赤黄男阿部青鞋の影響を思わせる散文風のほか、高柳重信を受け継いだ多行形式を試みるなどしており、小野裕三は前衛俳句と療養俳句の稀有な邂逅と評している。代表句に「餅焼くや行方不明の夢ひとつ」「ひかり野へ君なら蝶に乗れるだろう」「麺麭(パン)屋まで二百歩 銀河へは七歩」など。1990年3月17日死去。55歳。

参考文献編集

関連文献編集

  • 折笠智津子 『妻のぬくもり 蘭の紅』 主婦の友社、1986年 ※夫人の回想録

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