日野 資栄(ひの すけよし)は、江戸時代前期の高家旗本高家日野家初代。

 
日野資栄
時代 江戸時代前期
生誕 元和4年(1618年
死没 元禄11年8月6日1698年8月31日
改名 資栄→勇心(号)
別名 通称:弥市郎
戒名 日利
官位 従四位下侍従伊予守
幕府 江戸幕府 高家旗本
主君 徳川家光家綱綱吉
氏族 花房氏日野家
父母 父:花房正栄、母:日野輝資
養父:日野輝資
兄弟 資栄花房栄勝
正室:堀親良
資政資成資長、最上内膳室、
長井正供室、木村季林
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略歴編集

元和4年(1618年)、旗本花房正栄の長男として誕生。母方の祖父・日野輝資の養子となる。

元和9年(1623年)、養父の死去により日野家が徳川家から与えられた近江国蒲生郡の領地を本家から分知され、江戸幕府旗本として別流・日野家を興す。3代将軍・徳川家光の治世に表高家衆に加えられる。天和3年(1683年)2月13日、高家職に就き、3月1日従四位下伊予守に叙任する。貞享2年(1685年)4月5日、常陸国新治郡内で500石を加えられて、合計1530石となる。貞享3年(1686年)12月28日、侍従に任官する。元禄4年(1691年)12月4日高家を辞職し、寄合に列する。

元禄10年(1697年)7月6日隠居し、次男・資成に家督を譲る。勇心と号する。元禄11年(1698年)8月6日、死去。享年81。

系譜編集

先代:
日野輝資
高家日野家初代当主
1623年 - 1697年
次代:
日野資成