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時枝 誠之(ときえだ もとゆき、1870年3月 - 1934年[1])は、日本銀行家

目次

経歴[2]編集

福岡県士族時枝誠道の二男として福岡県に生まれる。福岡県立尋常中学修猷館[3]を経て、1898年東京帝国大学法科大学政治科を卒業。

1899年横浜正金銀行に入行し、サンフランシスコ支店支配人(支店長)を経て、本店人事課長兼庶務課長を務めた。サンフランシスコ支店時代には「ポテトキング」と呼ばれた農園経営者牛島謹爾に融資をしている。

長男は「時枝文法」で知られる国語学者時枝誠記

人物編集

日本語改良論者であり、日本語を総アルファベット表記にして名詞を英語に置き換えた「Neo Japanism」を提唱している。

脚注編集

  1. ^ "TOKIEDA MOTOKI AND HIS THEORY OF 'LANGUAGE AS PROCESS'"(THESIS) p40
  2. ^ 『人事興信録第8版下巻』ト之部30
  3. ^ 『修猷館同窓会名簿 修猷館230年記念』同窓会員1頁

参考文献編集

  • "TOKIEDA MOTOKI AND HIS THEORY OF 'LANGUAGE AS PROCESS'"(THESIS) By Naoki Fuse,The Ohio State University,2010
  • 『人事興信録第8版下巻』人事興信所、1928年
  • 『修猷館同窓会名簿 修猷館230年記念』修猷館同窓会、2015年