李 舜臣(り しゅんしん、1499年 - 1559年)は、中国代の人物。は懋欽(または夢虞)、は愚谷(または未村居士)。山東の楽安県(現在の広饒県)出身。

嘉靖2年(1523年)の科挙では会試会元で合格した超秀才であった。大礼の議事件では嘉靖帝に更迭された群臣の中の一人であり、杖刑を受けている。

官職では太僕寺卿(従三品)まで出世した。後に病を得て故郷に帰る。詩文に優れ、多くの著作を残した。

備考編集

南宋の儒学者に同名の李舜臣がいるので、混同しないよう注意を要する。いうまでもなく、李氏朝鮮の武将の李舜臣とは別人である。

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