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李高宗(りこうそう、:Lý Cao Tông、1173年7月6日 - 1210年11月15日、在位:1175年 - 1210年)は、李朝の第7代皇帝李龍𣉙

李高宗
李朝
7代皇帝
国号 大越
王朝 李朝
在位期間 1175年 - 1210年
都城 昇龍(タンロン、現ハノイ
姓・諱 李龍𣉙
廟号 高宗
生年 (1173-07-06) 1173年7月6日
没年 (1210-11-15) 1210年11月15日(37歳没)
英宗
霊道皇后杜瑞珠
后妃 安全皇后譚氏
陵墓 寿陵
元号 貞符 1176年 - 1186年
天資嘉瑞 1186年 - 1202年
天嘉宝祐 1202年 - 1205年
治平龍応 1205年 - 1211年

1175年、英宗が没したため、後を継いで即位した。李朝は高宗以前からすでに衰退を見せていたが、この高宗は国民に対して重税を強いるばかりか、賦役までかけて国民をさらに苦しめ、人心を完全に李朝から離反させてしまったのである。しかも、悪いときに悪いことは続くもので、この高宗の治世には天災も相次ぎ、それらの経緯による農民反乱が多発したのである。1209年には首都においても内乱が起こり、高宗は一時的に都を追われるという有様であった。

暗愚な高宗が即位し、その治世が長きにわたったことは、李朝の衰退を決定的なものとしたのである。

先代:
英宗
李朝皇帝
第7代:1175年 - 1210年
次代:
恵宗