松嶺智義(しょうれい ちぎ)は、鎌倉時代後期の臨済宗後深草天皇の皇子[2]

松嶺智義
? - 嘉暦元年10月11日
(? - 1326年11月6日
宗旨 臨済宗
東山湛照
弟子 南堂智薫処月[1]
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経歴・人物編集

京都東福寺東山湛照について出家し、建仁寺鏡堂覚円に師事[2]。湛照の法を嗣いだ[2]。のち円通寺三聖寺万寿寺の住持を歴任した[2]

脚注編集

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  1. ^ 人名規範資料庫、2019年1月29日閲覧。
  2. ^ a b c d デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『松嶺智義』 - コトバンク