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松平 正恒 (まつだいら まさつね、? - 享保9年(1724年)) は、福井藩家老。福井藩高知席松平家第3代、第5代当主。

松平正詮の子。子は松平正村松平高正。幼名金蔵。通称主馬。

延宝5年(1677年)新知行1000石を賜る。元禄2年(1689年)1000石加増され家老となる。元禄9年(1686年)父正詮の死去により家督と知行3000石を相続。宝永6年(1709年)隠居して家督を嫡男正村に譲る。正徳2年(1712年)に正村が37歳で先立って没し嫡男金蔵(正明)が幼いため再家督する。享保7年(1722年)藩主昌平(松平宗昌)の家督相続の御礼言上の際に、将軍吉宗に拝謁する。享保9年(1724年)没。家督は嫡孫正明(正般)が相続した。

藩主松平吉品が茶亭を建設しようとしていることを聞き、将軍家に対して憚りがあると強く諫言して中止させている。

藩主が発駕、帰城の際に正恒が家臣を代表して挨拶するのが通例であった。例えば、参勤交代のため藩主が発駕した際には、大広間に家臣一同席に付き、正恒が「今日は、御機嫌よう御発駕遊ばされ、御同時に恐悦に存じ奉る」と挨拶して一同が退出した。

参考文献編集

  • 『越藩史略』
  • 『越前人物史』