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松田 和宏(まつだ かずひろ、1974年6月24日 - )は、日本の元陸上競技選手、指導者。専門は長距離走山形県出身。東海大学山形高等学校中央大学卒業。その後ダイエー佐川急便を経て、2006年に競技生活引退後、2009年より学校法人石川高等学校教諭・陸上部顧問を務めている。

略歴・人物編集

1993年中央大学に進学。1年次から主力を任され、第5回出雲駅伝5区では区間3位、第25回全日本大学駅伝でも、1区で区間5位と好走した。1994年の第70回箱根駅伝で1年生ながらも花の2区を任され、山梨学院大・ステファン・マヤカ、順天堂大・本川一美、早稲田大・花田勝彦に次ぐ区間4位となった。 2年次、第6回出雲駅伝で2区を区間9位、第32回全日本大学駅伝では初のアンカーを任され区間3位であった。1995年第71回箱根駅伝では2年連続の2区を任され、早稲田大・渡辺康幸、ステファン・マヤカ、順天堂大・高橋健一に次ぐ、区間4位の成績を残した。

3年次、出雲駅伝では2年連続の2区を任され、区間2位となり、前年のリベンジを果たした。第27回全日本大学駅伝では、2年連続の8区を任され、1位で襷を受け取り、区間3位だったものの、早稲田大・渡辺康幸に最後は逆転を許し、悲願の初優勝はならなかった。 1996年の第72回箱根駅伝で3年連続の2区を走り、11位から9人抜きの快走でステファン・マヤカ、法政大・磯松大輔らを抑え、渡辺に次ぐ区間2位の成績を収めた。なお、マヤカが大学4年間の学生三大駅伝で渡辺以外に唯一負けたのが、この時の松田であった。この時の記録である1時間8分29秒は、第79回箱根駅伝藤原正和に更新されるまで中央大の2区の区間記録であった(現在でも藤原、堀尾謙介に次ぐ歴代3位である)。中央大はこの後、復路で早稲田大を逆転し、前年の全日本大学駅伝のリベンジを果たすと共に、32年ぶり14回目の総合優勝を飾った。

最後の学生駅伝となった、1997年の第73回箱根駅伝では、4年連続の2区を任され、区間3位となった。

学生三大駅伝で区間賞獲得は1度もなかったものの、2年次の出雲駅伝を除いて全て区間5位以内と安定した走りが特徴であった。

卒業後の1997年4月、ダイエーに入社するも事業縮小から廃部の憂き目に遭い、1998年4月、佐川急便に移籍した。

初マラソンとなった1998年福岡国際マラソンで、2時間14分41秒の16位となった。 翌1999年の第54回びわ湖毎日マラソンでは、2時間12分25秒を記録し、4位に入賞した。

2002年のベルリンマラソンでは、日本人1位となる2時間10分31秒を記録し、6位に入賞。ポール・テルガトが当時の世界新記録を樹立した翌2003年のベルリンマラソンでも、日本人1位となる2時間9分49秒の自己ベストを記録した。 2006年12月をもって現役を引退し退社した[1]

その後は指導者への道を歩み、2008年より滋賀大学大学院に在籍していたが、2009年4月より、学校法人石川高等学校にて陸上部顧問及び同校教諭を務めていた酒井俊幸東洋大学陸上競技部の監督に就任するため、酒井の後任として同校で指導を行っている。2013年には学法石川高校を全国高校駅伝福島大会で男女アベック優勝で都大路に導く。

主な戦績編集

自己記録編集

脚注編集

  1. ^ 松田和宏選手のコメント 佐川急便陸上競技部 インフォメーション (2006-12-04). 2011年5月22日閲覧。

関連人物編集

外部リンク編集