メインメニューを開く

柏原 孝章(かしわばら たかあき、天保6年4月9日1835年5月6日) - 明治43年(1910年11月5日)は、江戸時代後期から明治期の蘭方医啓蒙家、洋学者江戸幕府15代将軍徳川慶喜の侍医。もともとは学介と名のっていた。は学而(がくじ)。は子成。

目次

経歴編集

著訳書編集

  • 『祇布斯繃帯書』(ぎぶすほうたいのしょ)、1867年(慶応3年)
  • 『流行牛病予防説』、1873年(明治6年)
  • 『箋註格到蒙求』(せんちゅうかくちもうぎゅう)、『牛病新書』1874年(明治7年)
  • 『耳科提綱』、1876年(明治9年)。『羅斯古化学新書』(ラスコーかがくしんしょ)、この年から翌年にかけて出版。
  • 『病者須知』(びょうしゃしゅち)、1880年(明治13年)9月。

参考文献編集

  • 土屋重朗「柏原学而伝」『日本医事新報』第2484-2494号、日本医事新報社、1971-1972。
  • 土屋重朗『静岡県の医史と医家伝』戸田書店、1973年。 - 第6章第7節に上記「柏原学而伝」が収録されている。
  • 『明六雑誌』中、山室信一中野目徹校注、岩波書店〈岩波文庫〉、2008年6月。ISBN 978-4-00-331302-2 - 396-397頁に略年譜が収録されている。
  • 『明六雑誌』下、山室信一・中野目徹校注、岩波書店〈岩波文庫〉、2009年8月。ISBN 978-4-00-331303-9 - 『明六雑誌』第29号~第31号掲載の「教門論疑問」、第33号掲載の「日曜日の説」が収録されている。

外部リンク編集