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柳沢 里之(やなぎさわ さとゆき)は、越後三日市藩の第4代藩主。三日市藩柳沢家4代。

 
柳沢里之
時代 江戸時代中期から後期
生誕 宝暦8年1月13日1758年2月20日
死没 文化元年7月24日1804年8月29日
別名 吉蔵、来五郎(幼名)
官位 従五位下信濃
越後三日市藩
氏族 柳沢氏
父母 父:柳沢信鴻、養父:柳沢信著
兄弟 柳沢保光、柳沢信復、武田信明
六角広寿、柳沢里之
正室:安部信允の娘
里世(長男)、信当(次男)
信尹(三男)、田村長広(四男)
信古(五男)、鵜殿長明(六男)
娘(三枝守業正室のち稲葉正衡室)
娘(竹腰正定正室)、娘(小笠原長栄室)
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宝暦8年(1758年)1月13日、大和郡山藩主・柳沢信鴻の五男として生まれる。柳沢吉里の孫にあたり、その1字を取って里之と名乗る。天明2年(1782年)3月10日、先代藩主・信著が死去したため、その末期養子として家督を継いだ。

文化元年(1804年)7月24日に死去した。享年47。長男・里世が跡を継いだ。