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梅本 忠男(うめもと ただお、1902年6月10日-1981年4月30日)は、日本の報道写真系統の写真家

奈良県五條市出身。

1928年、講談社に入社し、編集者として活動。

1935年に、日本リヒト工房を東京・神田に設立(弟の写真家・梅本左馬次とともに)。写真撮影を受注する会社(現在のストックフォト会社に近いか?)。

1938年、雑誌『写真週報』に写真家として携わり、多くの写真が掲載された。

1938年7月に、土門拳藤本四八濱谷浩田村茂林忠彦光墨弘加藤恭平 (写真家)杉山吉良らとともに青年報道写真研究会を設立し、活躍した。

1940年には、日本報道写真家協会の幹事長となる。

戦後は、パノラマ写真の制作に打ち込んだ。

その戦前・戦後の写真作品の多くは、立命館大学国際平和ミュージアムに寄贈されている。

展覧会編集

参考文献編集

  • 上記展覧会の展覧会カタログ
  • 梅本忠男写真集 : 戦時下日本の報道写真(立命館大学国際平和ミュージアム・編、立命館大学国際平和ミュージアム、2000年)(CD-ROM)
  • 日本の写真家 近代写真史を彩った人と伝記・作品集目録((東京都写真美術館・監修、編集・発行・日外アソシエーツ2005年)72-73ページ

外部リンク編集