石高澄恵

日本の将棋棋士
横山澄恵から転送)

石高 澄恵(いしたか すみえ、旧姓横山(よこやま)、1966年9月27日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士武者野勝巳門下。女流棋士番号は10。北海道江差町出身。函館白百合学園高校卒。函館市在住。※2021年1月現在

 石高澄恵 女流二段
名前 石高澄恵
生年月日 (1966-09-27) 1966年9月27日(56歳)
プロ入り年月日 1987年3月1日(20歳)
女流棋士番号 10
出身地 北海道江差町
所属 日本将棋連盟(関東)
段位 女流二段
女流棋士DB 石高澄恵
2021年4月18日現在
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棋歴

将棋を覚えたのは1982年、ちょうど中学を卒業した頃。5歳年下の弟が小学校の友達から駒の動かし方を教えてもらったことがきっかけ。だが、両親は将棋をやらず、弟も早々と止めてしまい、通っていた高校は女子高だったため対局相手がおらず、1年近くは独学で将棋を楽しんでいた[1]

1985年、高校卒業と同時に女流育成会に入会し、2年弱で女流のプロ棋士となる。以降、年間負け越しが続いていたが、1991年度、第14期女流王将戦でA級昇級するなどの好成績を挙げて頭角を現す。

2年後の1993年度には、第7回レディースオープントーナメントでベスト4入り。同年度の第20期女流名人位戦B級リーグではA級昇級を決める。翌年からA級に3年連続で在籍する。

1994年度には、第5期女流王位戦高群佐知子とのプレーオフを制して白組優勝し、挑戦者決定戦に進出。しかし、紅組優勝の中井広恵に敗れる。

人物

  • 居飛車党であり、相手も居飛車の場合は相矢倉あるいは力戦調の相掛かりを指す。
  • 2004年3月30日に結婚。女流棋士としての活動名も、横山姓から石高姓に変更[2][3]。二人の出会いはボウリング場であり、石高氏のほうから澄恵に「うまいですね」と声をかけた[4]
  • 1997年1月からの一時期、女流育成会の幹事を務めた[5]

昇級昇段履歴

  • 1985年4月 女流育成会入会
  • 1987年3月1日 女流3級 = プロ入り
  • 1989年3月1日 女流1級
  • 1992年2月26日 女流初段
  • 2000年4月1日 女流二段

脚注

  1. ^ 石高澄恵女流二段が将棋にのめり込むきっかけとなった一戦 | NHKテキストビュー”. NHKテキストビュー | 生活に役立つNHKテキストの情報サイト. 2021年2月2日閲覧。
  2. ^ お知らせ2004年4月(日本将棋連盟)
  3. ^ 女流棋士会からのお知らせ
  4. ^ インタビュー・石高澄恵Part3(女流棋士会)
  5. ^ 平成10年版「将棋年鑑」(日本将棋連盟)

関連項目

外部リンク