水祖神社

島根県隠岐郡隠岐の島町にある神社

水祖神社(みおやじんじゃ)は、島根県隠岐郡隠岐の島町港町天神原にある神社式内社で、旧社格郷社

水祖神社

拝殿
所在地 島根県隠岐郡隠岐の島町港町天神原68
位置 北緯36度12分10.79秒 東経133度19分52.31秒 / 北緯36.2029972度 東経133.3311972度 / 36.2029972; 133.3311972 (水祖神社)座標: 北緯36度12分10.79秒 東経133度19分52.31秒 / 北緯36.2029972度 東経133.3311972度 / 36.2029972; 133.3311972 (水祖神社)
主祭神 罔象女神
社格 式内社(小)
郷社
創建 不詳
例祭 7月26日[1]
地図
水祖神社の位置(島根県内)
水祖神社
水祖神社
水祖神社の位置(日本内)
水祖神社
水祖神社
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祭神

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祭神は次の2柱[1]

主祭神
相殿神

当社は『延喜式神名帳に見える「水祖神社」に比定されるが、この比定は幕末の『隠岐古記集』以後のことで、中世近世期の史料には天満天神を祀る社として記載される[2][3]。これは、ある時に水祖神社に天満天神が勧請され、その天満天神に対する信仰が高まった結果、元の水祖神社より知名度を得たためと解されている[2][3]。相殿神の菅原道真はその天満天神にあたり、現在の水祖神社自体も「天神さん」と通称されている[2][3]

なお、隠岐の島町八田榎原にも同名の水祖神社があるが、伝承では同社の神が流れて天神原の水祖神社になったともいう[4]

歴史

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概史

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創建は不詳[5]。社殿後背の裏山は古墳であるとも伝える[1][2]

延長5年(927年)成立の『延喜式神名帳では隠岐国周吉郡に「水祖神社」の記載があり、当社はこれに比定される[2][3]。『隠州神名帳』にも「従四位 水祖明神」の記載が見えるが、中世期の変遷は不詳[2][3]

天文22年(1554年)の棟札では「天満大自在天神」とあるほか、正保3年(1646年)・寛文10年(1670年)の棟札でも天満天神を祀る社として記載されている[3]。また、寛文7年(1667年)の『隠州視聴合記』や貞享5年(1688年)の『隠州記』にも天満宮として記載が見える[3]。その後、幕末の『隠岐古記集』に「郷祖神社」と記載があるのを初見として、以後は『延喜式』神名帳の「水祖神社」に比定されるべき旨が諸文献に記されている[3]

明治維新後、社号を「水祖神社」と定めるとともに、明治5年(1872年)に近代社格制度において郷社に列した[2]

神階

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  • 従四位 (『隠岐神名帳』) - 表記は「水祖明神」。

脚注

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  1. ^ a b c 境内説明板。
  2. ^ a b c d e f g 水祖神社(式内社) & 1983年.
  3. ^ a b c d e f g h 水祖神社(神々) & 2000年.
  4. ^ 「護国寺村」『日本歴史地名大系 33 島根県の地名』 平凡社、1995年。
  5. ^ 明治神社誌料 & 1912年.

参考文献

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  • 境内説明板
  • 明治神社誌料編纂所編 編「水祖神社」『府県郷社明治神社誌料』明治神社誌料編纂所、1912年。 
  • 半田彌一郎 著「水祖神社」、式内社研究会編 編『式内社調査報告 第21巻』皇學館大学出版部、1983年。 
  • 「矢尾村」『日本歴史地名大系 33 島根県の地名』平凡社、1995年。ISBN 4582490336 
  • 石塚尊俊 著「水祖神社」、谷川健一編 編『日本の神々 -神社と聖地- 7 山陰 <新装復刊版>』白水社、2000年。ISBN 978-4560025079 

関連項目

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