江戸四宿
江戸四宿(えどししゅく)、または単に四宿は、江戸時代に五街道の各々について江戸・日本橋(北緯35度41分2.5秒 東経139度46分28秒 / 北緯35.684028度 東経139.77444度)に最も近い宿場町の総称で、五街道の起点である日本橋から2里(約8 km)以内のところにあった[1]。江戸と地方を結ぶ各街道の最初の宿場町であり、江戸の出入り口として重要な役割を担い[1]、人・物資・情報・文化の集散地として機能し、周辺地域と異なった街並みや風格をもっていた[2]。
一覧 編集
四宿 | 位置 | 接続する街道・湊 | 飯盛女 の上限 | |
---|---|---|---|---|
五街道 | その他 | |||
千住宿 | 北緯35度45分2.2秒 東経139度48分10秒 | 奥州道中 日光道中 |
水戸街道 | 150人 |
板橋宿 | 北緯35度45分18.6秒 東経139度42分33.2秒 | 中山道 | 川越街道 | 150人 |
内藤新宿 | 北緯35度41分19.7秒 東経139度42分33.9秒 | 甲州道中 | 青梅街道 | 150人 |
品川宿 | 北緯35度37分7.7秒 東経139度44分39.3秒 | 東海道 | 品川湊 | 500人 |
江戸四宿を題材とした作品 編集
脚注 編集
- ^ a b ロム・インターナショナル(編) 2005, p. 144.
- ^ 旧宿場町の歴史資源を活かしたまちづくりの構造とその地域性 : 品川宿と千住宿の比較研究末吉恵・菊地俊夫,首都大学東京 『観光科学研究(2)』. 2009-03-30
参考文献 編集
- ロム・インターナショナル(編)『道路地図 びっくり!博学知識』河出書房新社〈KAWADE夢文庫〉、2005年2月1日。ISBN 4-309-49566-4。