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津田 信敏(つだ のぶとし、1910年1月16日 - 1984年1月4日)は、日本舞踊家静岡県出身。

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経歴編集

青山学院大学英文学科卒業後、1935年にドイツのモデルネ・タンツ(いわゆる現代舞踊)研究のため留学し、マックス・テルピス舞踊学校やドイツ国立舞踊大学で学んだ。帰国後は津田信敏近代舞踊学校をひらくなどしてモダンダンス(前衛舞踊)に数々の影響を与えた。

1952年、元藤燁子(1928-2003)と結婚。津田近代舞踊学校(津田・元藤近代舞踊研究所、のちのアスベスト館)を設立した。1962年、津田は、元藤燁子と別れ、アスベスト館を出て、津田信敏舞踊研究所を開設。ここで小林琴美藤田三恵子・小林美代子・原さなえなどを育てた。1984年病没。

2008年8月10日には、「津田信敏生誕100年CommentsAdd Star」リサイタルが開かれた。(DANCE GROUP 吾〔あ〕第9回公演)出演:小林琴美、藤田三恵子、原さなえ(北沢タウンホール

門下生編集

出典編集

  • 「Corpus : 身体表現批評 no.4」(特集 土方巽)書苑新社、2008年。吉田悠樹彦「津田信敏と門下生たち」
  • 『アートイニシアティブ リレーする構造』(bankart1929)森下隆「アスベスト館― 失われた貴重な文化遺産」
  • 『ブリタニカ国際大百科事典』小項目事典の解説

関連項目編集