浮田 正道(うきた まさみち、宝永1年(1704年) - 寛延3年6月15日1750年7月18日))は、江戸時代中期の人物。八丈島に配流となった宇喜多一族。通称は、作大夫、忠平。父は浮田正忠。子に正平正休正生継諦、娘(浮田秀玄の妻)、娘(三太夫の妻)。兄に正寿

生涯編集

宝永1年(1704年)、浮田忠平家の当主浮田正忠の次男として生まれる。

正寿より家督を譲られ、浮田忠平家の当主となる。

寛延3年(1750年)に死去。享年47(戒名、玄与道幻信士)。

参考文献編集