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本来の表記は「温庭筠」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。

温 庭筠(おん ていいん、817年 - 866年)は、中国代中期の詩人飛卿。もとの名は雍州鄠県の出身。本貫太原郡祁県。弟は温庭皓。子は温憲。娘は段成式の子の段安節の妻。宰相温彦博の末裔にあたる。

温庭筠
Wen Tingyun.jpg
温庭筠・『晩笑堂竹荘畫傳』より
プロフィール
出生: 817年
死去: 866年
出身地: 雍州鄠県
職業: 詩人
各種表記
繁体字 溫庭筠
簡体字 温庭筠
拼音 Wēn Tíngyún
和名表記: おん ていいん
発音転記: ウェン ティンユン
ラテン字 Wen1 Ting2yün2
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温瑒の子として生まれた。晩唐期を代表する詩人の一人で、李商隠とともに「温李」と呼ばれる。しかし試験場で隣席の者のために詩を作ってやったり、遊里を飲み歩いて警官と喧嘩をしたりするなど、軽率な行為が多く、科挙には及第出来なかった。宰相の令狐綯の家に寄食したが、令狐綯を馬鹿にしたので追い出された。大中13年(859年)頃、特に召し出されて試験を受けたが、長安で任官を待つ間、微行していた宣宗に会い、天子と知らずにからかったので、随県の県尉に流された。襄州刺史の徐商に招かれ、幕下に入ったこともあるが、満足せず、辞職して江東の地方を放浪し、最期は零落して死んだ。

現代には、『温飛卿詩集』九巻が残っている。

参考文献編集