無相(むそう)とは仏教における用語の一つで、形や特徴がないこと。対義語は有相(うそう)[1]。一切の執著から離れた境地をも指す。三解脱門の一つに数えられる[2]

舎利子よ、それゆえ、すべてのもの(一切法)は空性であって、特徴なきもの(無相)である。
shA ri'i bu de lta bas na chos thams cad stong pa nyid de/ mtshan nyid med pa/[注 1]
是故舍利子、一切法空性、無相。[注 2] — 般若心経 (prajñāpāramitā-hṛdaya)

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ 蔵訳、デルゲ版、般若部、No.21
  2. ^ 法成訳『般若波羅蜜多心経』、大正蔵、No.255。

出典 編集

関連項目 編集