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黒田 直樹(くろだ なおき、1940年(昭和15年)12月18日 - )は日本の通産官僚。元資源エネルギー庁長官国際石油開発帝石株式会社代表取締役会長

略歴編集

同期に、牧野力長田英機(中小企業庁長官)、川口融(福岡通産局長)、川原壮介(大臣官房審議官)、関野弘幹三洋電機専務執行役員、経済企画庁物価局審議官)、西川禎一(日本航空機開発協会副理事長、中小企業庁次長)、小野榮一三菱化学DRM社長、日本航空宇宙工業会専務理事)、山下弘文(日伯紙パルプ資源開発常勤監査役)、窪川功ジェトロバンコック所長、東武百貨店専務)など。
  • 1963年(昭和38年)4月:通商産業省入省。
  • 通商産業省産業政策局産業組織政策室長。
  • 資源エネルギー庁公益事業部業務課長。
  • 通商産業省機械情報産業局自動車課長。
    自動車課長在任中、「日米自動車戦争」における日本の自動車輸出自主規制枠を230万台を超えないことで通産省が強引に決着させた。日米間の日本による自動車自主規制枠は、1981年に合意され年168万台と定められ、1984年に185万台、1985年から最終的に1993年まで年230万台の上限枠が設けられた。
  • 資源エネルギー庁石油部計画課長。
  • 1988年(昭和63年)6月:名古屋通商産業局長。
  • 1989年(平成元年)6月:資源エネルギー庁石油部長。
  • 1991年(平成3年)6月:資源エネルギー庁次長。
  • 1992年(平成4年)6月:資源エネルギー庁長官。
  • 1993年(平成5年):退官。
  • 1993年(平成5年)8月:株式会社東京銀行顧問。
  • 1993年(平成5年)8月:三井海上火災保険株式会社顧問。
  • 1995年(平成7年)8月:住友商事株式会社顧問。
  • 1996年(平成8年)6月:住友商事株式会社常務取締役。
住友商事での銅取引巨額損失事件が発覚し、記者会見を担当。
  • 1999年(平成11年)6月:インドネシア石油株式会社取締役。
  • 2001年(平成13年)4月:住友商事株式会社代表取締役副社長。
  • 2004年(平成16年)8月:住友商事株式会社特別顧問。
  • 2004年(平成16年)9月:国際石油開発株式会社代表取締役副社長。
  • 2005年(平成17年)6月:国際石油開発株式会社代表取締役社長。
  • 2006年(平成18年)4月:国際石油開発帝石ホールディングス株式会社代表取締役社長。
  • 2008年(平成20年)10月:国際石油開発帝石株式会社代表取締役社長。
  • 2010年(平成22年)10月:国際石油開発帝石株式会社代表取締役会長[1]

その他役職編集

  • 石油鉱業連盟副会長

脚注編集