坂本 幸四郎(さかもと こうしろう、1924年9月19日 - 1999年5月10日[1])は、日本小説家川柳評論家。北海道函館市生まれ。

1942年に函館中学校(現:北海道函館中部高等学校)卒業後、国鉄入社。無線電信講習所(現:電気通信大学)を卒業して国鉄函館船員区に勤務した。

青函連絡船通信長として勤務していた現役当時、洞爺丸台風1954年9月26日)の際に同航路を就航していた客載車両渡船『石狩丸』の次席通信士として、洞爺丸転覆・遭難を発信し続けた第六真盛丸からのSOS通信を受信し、公電として発信した経験を有している。1990年北海道文化賞奨励賞受賞。川柳の研究評論も手がけていた。

1999年、急性心不全のため死去[1]

主な著作

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小説

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  • 青函連絡船(朝日イブニングニュース社、1983年)
  • 青函連絡船ものがたり(朝日新聞社、1987年)
  • わが青春の青函連絡船(光人社、1989年)

川柳

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  • 雪と炎のうた (たいまつ社)
  • 新興川柳運動の光芒 (朝日イブニングニュース社、1986年)
  • 井上剣花坊鶴彬 川柳革新の旗手たち(リブロポート、1990年)

脚注

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  1. ^ a b 『現代物故者事典 1997~1999』(日外アソシエーツ、2000年)p.260