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1722-1797, 清代の考証学者。字は鳳喈。号は礼堂・西荘、晩年は西沚居士と号した。『十七史商榷』ほか
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2005年8月2日 (火) 15:31時点における版

王鳴盛おう めいせい, 1720年(康煕59年) - 1797年(嘉慶2年))は、中国朝の考証学者である。

は鳳喈、礼堂、あるいは西荘と号した。また、晩年の号は西沚。江蘇省嘉定県の出身。

幼少の頃から、経学恵棟から、詩文を沈徳潜から学び、1754年(乾隆19年)に進士及第した。官は、内閣学士、兼礼部侍郎にまで進んだが、失脚し、帰郷して蘇州処士として後半生を過ごした。

学問的には、僕学(漢学)を志し、経学においては、鄭玄を理想とした。史学では、経学の手法を応用して、正史の異同を精査し、また小説・野史・金石文までも当たって考証を重ねた。

主著

  •  尚書後案
  •  周礼軍賦説
  •  十七史商榷
  •  蛾術篇
  •  耕養斎文集

伝記資料