曹 冏(そう けい、生没年不詳)は、中国三国時代宗室の一人。元首[1]。曾祖父は曹褒(曹騰の兄)。族父は曹操

自著に『六代論』[2]がある。曹芳(斉王)の時代に同族の曹爽に対して、・魏の六代の王朝の長所短所を記した意見書を提出した。皇室曹氏の強化を提案する内容だったが、結局受け容れられなかった。官職は弘農太守に至った。

脚注 編集

  1. ^ 『魏氏春秋』原文:曹冏字元首,少帝(曹芳)族祖也。是時天子幼稚,冏冀以此論感悟曹爽,爽不能納。為弘農太守。
  2. ^ 晋書』巻五十「曹志伝」によると、武帝は、『六代論』が曹植(曹冏の族兄弟)の著作と思い込んで、真偽の程を確認するために曹志(曹植の子)を召し出したと、述べている。